第28話 ~化けたアイツは突然に~

 「これは……熱中症かもしれませんね。しばらく、安静にさせましょう。須藤先生、百合先生、しばらく側に居て様子を見てあげてください」


 看護師である室井は横にした野河の様子を見て判断した。


「ったく、なんで俺まで……」

「すみません、助かりました」


 麻里はアレスに微笑むと、アレスはふん、と視線をそらした。


「ね、二人ともごめん、あたし次も係の仕事あるから……野河先生の事は任せたっ」


 両手を合わせ、申し訳なさそうに詫をする若菜。


「はい、百合先生と二人でも大丈夫です」


「ごめんね、ありがと!」


 若菜は本部席へと駆けていった。



「ん……?」


 若菜がその場から走り去って少しした後。アレスは何かに弾かれたように倒れた野河を見た。


「チャンスか……!?」

「えっ、何ですか?」


 アレスは倒れている野河に左手をかざした。麻里は慌ててアレスの腕を両手で掴んだ。


「だ、駄目ですよ! こんな時に、まさか……!」

「俺だって分かってる。見てろよ」


 アレスはまっすぐ麻里の瞳を見つめる。麻里もその瞳をしばらく見つめ、彼なりの信念を感じ取った。

 麻里が握りしめていたアレスの腕からそっと離れると、アレスは呪文を唱えた。


「わが呪文に従い正体を表わせ。リヴィア――!」


 目の前が眩しくなる前に、麻里は途端に瞳を手で覆った。

 アレスの呪文が放たれた時。空気が身体にピリピリと感じるものがあった。目を閉じていても、雰囲気で分かる。麻里は恐る恐る瞳を開け、覆っていた手の指の間を広げた。


 『何用だ。主の命をついに狩ろうとするか』


 低く嘲笑い、明らかに敵意を向けてくる化け狸の声。


「よぉバカ狸。戦いに関しちゃ俺様のほうが格段に上なんだよ」


 紅い眼光。口元を釣り上げて話すアレスの表情も負けてはいない。


「お前、バカだから気づいて無いだろうがな。今、お前が主とか言ってるソイツとのつながりってやつはほぼ無いんだぜ」


『何……!?』

「えっ!?」


 麻里は驚いてアレスを見た。


「何でお前が驚くんだよ麻里」

「い、いえすみません」

「ったく。バカ狸の方はさっさと俺のエネルギーにしちまうからな」


『はっ、何を馬鹿な』

「何言ってんだよ……。ははっ、やっぱりバカ狸だな。コイツには今意識がない。お前は今、ただコイツに張り付いてるだけでしかねぇ。すぐに剥げんだよ」


 くっ、という化け狸の悍ましい声がし、アレスは愉快そうに嘲笑う。


「あんま余裕ねぇな。大人しく俺のモノになれ」


 アレスが続けて、吸収魔術を唱える。


「我が身の一部となれ。ボイド――!」


 化け狸の巨体がアレスの左手に張り付くように次第に吸い込まれていく。


『くっ……! 何故、何故だぁああ!! 我と主は……!』


 そのままアレスの身体の中に治まり、吸収は完了となった。アレスの身体にエネルギーとして変換されていく中。


“守れなくてすまなかった”


 アレスの頭の中に化け狸の言葉がはっきりと浮かび、消えていった。それからはありとあらゆる映像が早送りで流されて行き、その最中、意識を未だ失っている野河を見つめていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る