~かぜをひいたらやさしくするんだよ~ ②

 麻里が受けもつたんぽぽ組へアレスとともに入ると、既に他の保育士も出勤していた。

 その保育士たちの麻里への冷たい視線と、アレスが昨日寮で麻里から直に感じたエネルギーを同じものを確かに感じた。


「須藤、顔色変だよ。なに、夜遊びでもした?」

「いえ……」

「あんたは、仕事を休むことなんとも思ってないんでしょうけど。あたしたちはね、ただでさえ少ない職員でクラスを進めてるわけ。休めないんだから、しっかりしてよね」

「すみません……」


 その言葉から発せられるものと、麻里から感じるエネルギーをじっくり感じるアレス。

 アレスは麻里を須藤と呼び捨てにした女性保育士を見つめる。眼に魔力を込める。

 魔力を込めると、リヴィアの呪文まではいかないが、だいたいのものは視える。アレスの視たもの、それは大蛇と思える太くて長いエネルギーが女性保育士の全身に絡みついていた。


「おい」


 アレスは即座に声を掛ける。


「な……どうしたの、百合先生」


 本当にコイツは、“百合先生”っていうのに弱いんだな。アレスは半ば呆れ、そして楽しむように口角を釣り上げる。


植野うの、お前にはかなり興味がある。お前は……」


「ちょ、アレ……百合先生っ!」


 体調不良の麻里でも、アレスが何を言わんとするかを察し、慌てて止めに入る。

 アレスが、植野うのに対して何が視えたかを話そうとしているのかもしれない、と。


「なんだよ、イイとこなんだからやめろ」

「嫌です。このままじゃ百合先生が本当に、ここに居られなくなりますよ」


「は? 須藤あんた何言ってんの。ここに居られなくなるのは、あんただから」

「え……」


 植野うのの言葉が激しく身に刺さる麻里。


「っていうか。クラス進めなきゃだし、どっちにしろ話後にしない? ほらもう、こら! 今この子がおもちゃ持ってた!」


 たんぽぽ組のクラスの保育士の一人の言葉で、険悪だった雰囲気が一気に現場へと引き戻された。


「いやだ! おれのー!」

「ちがうもん! あたしのだからぁ!」


 ざわつくクラス内。自己主張の激しい2歳のクラスは喧嘩が当たり前のように絶えない。おまえのものはおれのもの、という精神は当たり前と言ってもいいかもしれない。同じクラスの保育士は、話しながらも子ども達の喧嘩の止めに入る。


「目、離せないよ。いつ噛みつきが起きるかもわからないからね」


「わかった……」


 植野うのはまだ何か言いたそうに麻里とアレスを見つめた。

 麻里は心に悲しみを抱きつつも、少し安堵した様子で、他の子どもの喧嘩を止めに行った。


 噛み付きは気持ちを上手く表現できない年齢の子どもの本能と言ってもいいのだが、これがとても厄介なのだそうだ。

 何が厄介かというと、噛みつき跡を見た保護者の反応がそれぞれであり「子ども同士のことですし、大丈夫ですよ」と言う保護者もいれば

 「どうして止めきれなかったのか! プロだろう!」とものすごく激怒する保護者も居たりと、それぞれである。


 噛み付きが起きるスピードは時に凄まじく、並大抵の保育士が止めに入る様だが、その姿は反射神経を問われるスポーツそのものであり、止めきれなければ保護者だけでなく「何故止められないのか」という責任を転嫁する故の職員同士の問題にもなりかねないという。

 噛み跡はいずれにせよ消えるのだが。


 今はデリケートな時代。


 それを許してもらえる器の大きな大人が一人でも多く居たらどんなに素敵だろうか。


 保育士達が現在、とても悩まされている問題の一つでもある。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る