第9話 ~かぜをひいたらやさしくするんだよ~ ①
「おい、麻里しっかりしろよ」
身体が揺らされている感覚。アラームの機械音でなく、人の声にはっとなり、麻里は身体を起こす。
朝になっていたなんて。初夏の時期も近づきつつあるが。いつもは感じないはずの体中の寒さに、麻里はブルブルと震えた。明らかに身体の調子がおかしい。
「おはようございます……」
「おいなんだ、麻里、何かあったのか、震えてるぞ」
ゲームの世界では身体の不調は設定された者にしか存在せず、あとは呪等の術をかけられた者しか分からない。
「うぅ……多分風邪引いたっぽいです……」
「かぜ、ってなんだ」
「ゲームで言えばなんだろ……ごめんなさい、言い言葉が……見つかりません」
アレスにも分かりやすい表現はないかと考えてはみるが、ガンガンと脈を打つように打ち付けてくる頭痛が思考を邪魔する。
「しっかりしろよ……」
あの最凶な魔王であるはずのアレスが少し、動揺している気がして不思議な気持ちになる麻里。
「大丈夫です、行かないと……」
麻里はふらりと立ち上がり、身支度を始める。
「あ、そうだ鎮痛剤……」
身体の不調を少しでも和らげてくれる鎮痛剤を、麻里は水でごくっと音をたてて飲むと、何回分かの鎮痛剤をバッグに入れた。
アレスはどうしていいか分からず、座って麻里を見守るしかなかった。
「アレスさん、昨日の服のままはまずいです……。着替えて、行きましょう」
麻里は、百合の服を入れている紙袋から必要な物を取り出し、慣れた手つきでアレスを着替えさせてふらふらと下駄箱へと行ってしまった。毎日数多くの子どもたちの着替えを手早く行っていることが、無意識であろうが、ここで役に立つとは。
「お、おいちょっと、待てよ!」
魔王であったアレスの威厳はどこへと行ってしまったのか。今はただの、百合という見かけの美人であって、ちょっと言葉遣いの荒い女性にしか見えなかった。
「おはようございます……」
麻里がタイムカードを切って出勤し、アレスも自力で靴を脱いで追う。
「あら、顔色が悪いわね、麻里先生。大丈夫?」
主任の飯田は、麻里が少しばかり前屈みになって歩く姿を見て声を掛けた。
「はい……だいじょうぶ、です」
「体調管理を、日頃からちゃんとしっかりしないと。無理しないようにね」
「すみません……ありがとうございます」
「それから、“百合先生”、ちょっと」
「あ? あぁ、俺か」
「そうよ。あなた、悪いんだけど麻里先生のこと、よろしくね」
「よろしく? ……分かんねぇ……」
「支えてあげてね、っていうことよ」
ささえるって、なんだ。飯田の言葉にアレスはますます混乱するのだった。
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