~かぜをひいたらやさしくするんだよ~ ③

 麻里やアレス達の不穏な空気は他の女性保育士により、その場は収まり、たんぽぽ組のクラスは次の活動へと進められた。

 アレスは麻里と一緒の行動をしようとつつも、やはりまだ、何をしていいかはわからなかった。ただただ、ふらつく麻里を、見守っていた。


「まりせんせー! いっしょにおにごっこしようよー」

「おれともおにごっこー!」

「あー! ずるいー、まりせんせいはあたしとあそぶのー!」


 この日はよく晴れていて、園児と一緒に園庭に出ていた麻里とアレス。

 園庭には、2歳児のたんぽぽ組だけでなく、いろんな年齢のクラスの子どもたちがわらわらと楽しんでいた。



「みんなで一緒に遊んだら、楽しいよ?」


 麻里は子どもたちの頭をそれぞれ撫でながら話す。


「わかったぁ、まりせんせい、みんなであそぼうー」

「うん、今日は、先生、あまり走れないけどいい?」

「わかったぁ、いいよー!」


 何であんなふうに頭を撫でたりするんだと、アレスは不思議そうに麻里を見ていた。


「ゆーりせーんせーい!」


 麻里の姿を見ていたアレスの元へやってきたのは、百合が居たクラスの子どもだった。嬉しそうに百合の姿であるアレスの元へ掛けてきて、勢いよくお腹へとダイブした。


「ぐぇ!!! っ痛ぇな! 何だお前は! 何すんだよ!」


「もー、ゆりせんせいっ、ぼくだよ。ひかるー」

「ひかる?」


 ひかるは粘土でお団子を作ることが好きな少年だ。

 

「うん、ぼくのつくったねんどの、おだんごなげてたの、あやまってもらってないっ」


 アレスは首をかしげ、ねんどと呼ばれたものが何かと思い、しばらくして粘土合戦をしたことを思い出した。小さな、燃える戦いを――。


「おーぉ、お前か。だんご、全然足りなかったぞ」

「もーうー!」


 ひかるはぽかぽかと力を込めてアレスのお腹のあたりを叩く。


「いででで!」

「ゆりせんせいはもう、いつからそんな、きょうぼうになったのさー……まあ、いいけどっ」

「おい! ひかる痛ぇよ! 人間の体は……痛ぇなったく」


 アレスが、輝に突撃されたり叩きこまれてたまれたお腹をさする。


「ねー、ねぇねぇー! ゆりせんせい、きょうのまりせんせい、へんだよね」


 突然話題が変わり、アレスはきょとんと輝を見た。麻里へと視線を映す。

 子どもは周りを察する能力が大人よりも長けているかもしれない。麻里は子どもを追いかけたり、座ったりを繰り返していた。朝から様子を見てはいるが、明らかにいつもの麻里ではないことは分かっている。


「あ? ああ、確かに変、だな」

「たぶん、かぜひいてるんだよー、ふらふらしてるもん」

「“かぜ”って、何だよ」

「もうー! ゆりせんせいってばほんとう、わすれんぼうさん!」


 輝はアレスの服をあらんかぎりの力で引っ張ったり押したりする。


「ゆりせんせい、かぜはね、わるいばいきんさんが、ぼくたちのからだをやっつけようとするの」

「ほう」


 やっつける、という単語に、麻里は何かと戦っているという解釈をし始めるアレス。


「だんだん、からだがよわくなっちゃうから、かぜをひいたひとにはね、げんきがでるように、やさしくしなきゃだめなんだよ」

「やさしく?」


「そうだよ、おでこがアツかったら、つめたいこおりをあてたりね、あったかくて、やわらかいごはんをたべさせてあげるんだよ? あと、ねかせてあげるんだ。 かぜのばいきんを、やっつけてあげるんだ」


「そうか、すげぇな、それ」

「え~! ゆりせんせいが、おしえてくれたのになぁ。わすれんぼうさんだなぁ」


 輝は砂をかき集めて、おもちゃのお皿に盛り付ける。


「そうか……。ひかる、それを食べさせるといいのか?」

「ちがうよー! これは、おすなだからたべちゃだめ! ほんものをあげるんだよ!」

「そう、だよな」


 アレスは麻里へと視線を移すと、座り込む姿が大分目立つようになってきた。


「ほらっ、ゆりせんせい、まりせんせいがたいへんだよ」

「あ、ああ」


 輝はアレスの手を力いっぱい引いて、麻里の元へと連れて行かれた。

 その様子を、凄まじいエネルギーを発しながら、植野うのは見ていた。

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