第16話 ~下民にはちゃんとした休息も必要じゃねぇか。~

 今日はあいにくの雨であった。保育士からにしては、だが。


「ねー! きょうはねんどであそぼうよー」

「おえかきもできるよー」


 子ども達の表情はとても生き生きとしていた。運動会の練習が無いことがこんなにも嬉しいのかと保育士達は眉間に皺を寄せるばかりだ。


 この日、アレスと麻里は別室で運動会で使う小道具の製作をする仕事を担っていた。


 アレスのポンポン作りは麻里の教えによって、ぐるぐるまきからは卒業し、大分形にを整えられるようにはなってきていた。


「できたぞ麻里!」

「やりましたね、アレスさん! 偉いです」

「ふっ、なにせ魔王だからな」


 ハサミの使い方さえおぼつかなかった彼だったのだが、麻里が一緒にしようとすると「自分でやる!」と幼い子ども特有の“自分で精神”が出てきていて、麻里は職業柄手をひっこめて、恐る恐る見守っていた。

 しかしながら元魔王であるアレスも頑張るもので、結構な個数のポンポンを、麻里と一緒に仕上げることができていた。


「ふぁー! ちょっと休もうぜ麻里」

「はいはい。アレスさん、大分集中力、持つようになりましたね」

「あ? うっせぇよ」


 寝転がるアレスの言葉は荒いが、麻里への表情は至って穏やかだった。

 アレスは瞳を閉じると、黙り込んだ。




 雨が降っちゃ、何もできやしない。

 この子達が一日休めば、何日響くと思うの――。




「おっと……こいつは……」

「え? アレスさん?」

「麻里、ちょっと野河のところ見に行こうぜ。臭うぜ臭う!」


 アレスの口元が、愉快そうにつり上がっていた。


「え、ちょ、ちょっとアレスさん!?」

「聴こえたんだよ。エネルギーに混じって、声がな」

「声って私は何も……ってもう!」


 すたすたと歩いて行くアレスの後ろを早足で駆けてついて行った。


・・・・・・


 野河は5歳児。年長児を受け持つ。


 野河は仁王立ちになり、子どもたちを睨みつけいいた。散らばっているおもちゃを指を指しては片付けなさいと示す。


「ねぇ、きょうは、あめなのに、なにするのかな」

「しー……! きこえちゃうから」


「お片付けだっていってるでしょう」


 野河の威圧に子どもたちは声にならない声を出しておもちゃを元ある場所へと運ぶために走り出した。

 片付けが終わってしまうと、急いで自分の座る椅子へと着席していく。


「……はい。じゃあ、今からダンスの練習するから。机動かすよ」


「はいっ」

「はぁいっ」


 子どもたちはそれぞれ自分の机を持って部屋の端に移動させていった。


「……じゃあ。いいわね。曲に合わせる前にもう一度覚えてるか踊ってみて」


 一、ニ、という野河の声と共に手拍子が始まると、子どもたちはそれぞれ踊りだした。子どもたちの顔は、ひたすら野河に集中していた。


 野河のクラスの様子を隠れるようにして見ていたのはアレスと麻里だった。


「……」

「アレスさんどうしたっていうんですか」

「ったく、あいつらの顔、らしくねぇな」

「え?」


 アレスの視線の先を麻里も追うと、子ども達を見ているようだった。


「……必死ですね」

「ま、それも今から視ちまえば全部わかるんだがな」

「視る?」

「ああ。野河をな。わが呪文に従い正体を表わせ」

「あ……」

「リヴィ――!」

「だめです!!」


 事態に気がついた麻里は急いでアレスの服を引っ張って止めた。


「あ゛!? なんだよ麻里!」

「い、今ここで発動したら、子どもたちにも視えちゃうんじゃないですか?」

「だったら何だよ」

「その……多分、大騒ぎになると思います……」


 アレスは麻里の恐怖に怯えた視線に、舌打ちをする。


「わぁったよ。だからそんな顔すんな」

「はい……」



「そこで何してるの」


 一段と低い声に肩を震わせた麻里とアレスは何だという顔で視線を向けた先は、血走らせた目をした野河とぶつかった。





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