~ジッシューセーだと!?~ ②

 飯田は外海大学の講師と実習生を職員室に招き入れ、ひまわり保育園での実習がしやすいよう、一日の流れをざっくりと説明しはじめた。


「クラスがそれぞれあるのだけど、0歳児クラスから5歳児まであります。そして、ひまわり保育園では今は3歳児の年齢が他のクラスに比べてとても多くて……。2クラスあります」


 説明に実習生達が熱心に頷く。飯田が一度一呼吸するのを見た翔斗が生徒たちへ「ほら、大事な話をしてくださってるんだから、メモしておかないと」と、すかさず指示した。


 生徒たちがすばやくメモ帳を取り出す中、一人だけおろおろとリュックの中を探る生徒が。


「どうした? 水森みずもり


 水森と呼ばれた女子生徒は一瞬にして頬が染まり表情と指先が固まる。


「もしかして沙絵さえ、あんた忘れたの?」

「う、うん……」


「うん? 水森どうしたんだ?」

「えっと……。日下部先生ごめんなさい、あたしメモ帳入れたと思ってたのに、無くて……」

「そうか、準備を怠っちゃ、実習生としてよくないぞ? ほら、先生の使っていいから」


 翔斗は胸ポケットから小さなメモ帳を取り出すと水森へ渡す。


「はい、ありがとうございます」

「ほんっと、沙絵は忘れやすいんだから」

「亜衣ちゃん……本当だよねー……」


「大丈夫ですか? そしたら、クラス別に分かれて欲しいんですが……」


 飯田が話しながら、生徒たち全員に視線を移していく。

 沙絵を見るとメモ帳を忘れたことがよほどショックだったのか、うつむく姿が見られた。その姿に、水森沙絵は誰かに似てるかも、と苦笑するのだった。


 クラス分けを伝えた飯田は、百合アレスと、水森達とのやりとりを微笑ましく想像するのだった。


 一方、うめ組には保育での準備物を持った香菜が帰って来ていた。道具を取りに行く前よりはるかに清々しい表情をしていた。それを見たアレスは「ケッ」と悪態をつく。


「……ぶっくしょん!」

「っと何だよ麻里、びっくりするじゃねぇかよ」


「あはは、すみません。何でしょうね、今日はよくくしゃみが出ます」


 麻里は「誰か私の噂をしているんですかね」と付け加えた。


「んで、ジッシューセーか? まだかよ。俺様は退屈だぜ。どういう魔力持ってるのか早く見たいぜ」

「いえ、何言ってんですかアレスさん。実習生は私達と同じ人間ですから」

「けっ。つまんねぇ」


「ねぇねぇゆりせんせいー」

「ひまわりってなにー」


「んだようっせぇな、俺様に聞くんじゃねぇよ! 香菜にでも聴けよ!」


「ねぇなにー」


「もうー、ゆりせんせいってばわすれんぼさん! ひまわりってね、きいろくて、おおきなおおきなおはなだよ! ゆりせんせーみたいな!」


 アレスの聞き慣れた声に、クラスの外の方へと視線を移す。

 クラスの入り口に輝が立って、アレスへと手を振っていた。


「おお、ヒカルじゃねぇか。何だ、俺様みたいな黄色い花……そうなのか? 珍しく訳わかんねぇこと言ってるなヒカル」

「まー、まー! こんどえほんでみせてあげるねー」


 それから輝はクラスへと走って戻っていった。「何しに来たんだアイツ」と口元を緩ませ鼻から息を出した時だった。


「!?」


 輝が居た方向に、確かに“何か”を感じ、視線を鋭くさせた。


 麻里はアレスや子どもたちと戯れているのをよそに、明らかに機嫌がいい香菜の元へ。


「香菜先生、今日はなんだかとびきり機嫌良さそうですけど……何か良いことありました?」


 鼻歌を歌っていた香菜が、少し驚いた表情で麻里を見た。


「あ……バレちゃった? うん……ちょっと……ううん、ちょっとじゃないか……あってね」


 話終わろうとした時、香菜が頬を赤らめて顔を抑え始めたものだから、麻里は感づくしかなかった。


 麻里が頬を引きつらせていると、うめ組のクラスの前に飯田と翔斗、そして二人の女子生徒がやってきた。


 気配を感じ、探していたアレスはその場に居合わせたため、「あ゛?」と翔斗をまじまじと見上げた。

 驚いた飯田は「ちょっとお願いだから女性らしくして!」とアレスの腕をひっぱたき、「んだよ!」とアレスは睨むのだった。


 アレスの様子に翔斗は目を見開いて一瞬止まったが、「おはようございます」と笑顔を向けると、何事もなかったかのように中へと視線を移す。

 翔斗とは違い、二人の女子生徒はびっくりしてお互いに顔を見合わせていた。


「え、ちょっと、沙絵聴いた? い、いまこの先生、あ゛? って……」

「う、うん……聴いたよ、聴いたよ亜衣ちゃん」


「ご、ごめんなさいね、ちょっと佐奈田先生は記憶……えっと、体調がよくなくて」


 飯田は冷や汗混じりに説明すると、香菜や麻里達を呼ぶ。


「香菜先生、麻里先生、ちょっといいかしら。実習生の子たちをお願いしたいんだけど」

「はい!」

「あ、はい!」


 翔斗は二人が揃うのと同時に会釈をした。


「先生方おはようございます。お忙しいところすみません。今日からこの実習生の子達をよろしくお願いいたします」


 凛とした翔斗の声がクラスの中に響いた。

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