第47話 ~ジッシューセーだと!?(実習生ですからね、アレスさん! by麻里)~ ①

 朝日を浴びて、職員や子どもたちが次々にひまわり保育園へと入っていく。

 この日のアレスの機嫌はいつにも増して悪い様子だった。


 その原因はふたつある。


 ひとつめは、香菜の体調の変化に気がついていた園長が、朝礼の後アレスと麻里を呼び出すと一言「香菜の体調が良くなるまでしばらくの間うめ組のクラスの手伝いをして欲しいのよ」という指示を受けたからだった。

 そして麻里へは付け加えて、「麻里先生、実習生が今日来るのは朝礼で言ったと思うけど。百合先生のこと、頼んだわよ」と直々にお願いされたのだった。


「ったくよ!」


 アレスの声にヒヤヒヤしながらも麻里は「お、お願いですからそれ以上表情怖くしないでくださいよ……!」とアレスの腕を掴んでは揺さぶっていた。


「私は憂鬱です、今日から実習生がくるって言うし……」

「は? ジッシューセー? んだよそれ」

「えっとですね、私達の職業の見学と、そして保育士を目指す生徒たちに、いろんなところを経験として手伝ってもらったり、体験してもらうんです」

「あ゛? わけわかんねぇな」

「うーん……。ま、とりあえず、アレスさんが見慣れない人がいっぱい来ますから気をつけていてください」

「……おう?」


 ひとまず話はついたようだった。


 ふたつ目のアレスの機嫌が優れない原因は、この日の香菜が恐ろしくも機嫌がいいということだった。


 今日の活動では「夏の太陽の光をいっぱい浴びたひまわりさんをたくさん描こうね!」と子ども達へいい、気がついた時には鼻歌を歌う始末。


 今は香菜は絵の具や画用紙を取りに行くために教室を後にしていた。


「はん、機嫌悪くもなるぜ。あんなに心配したのによ!」

「わ、分かりますけど、でもこればっかりは異性の愛情が解決してくれるっていうこともありますし……!」

「あ、い、じょ、う、だぁ!? 魔術じゃねぇだろなんだそれ!! ざけんじゃねぇよったくよ!」


 アレスの声がクラス中に響き、遊んでいた子どもたちが一気にアレスを見る。

その中でバッチリと瑠美と目があっていた。


「ゆりせんせー、びじんなせんせーがそれいっちゃだめでしょ。ゆりせんせーがおとこのひととはなすだけで、それだけでまじゅつといっしょよ?」


 腕を組んでドヤ顔を見せた瑠美。


「はん。分かってんじゃねぇか、ルミ。俺様は魔術が使えるから当たり前だろ」

「ふふ。おんなのかんよっ」


「こらもー!! ほんとにアレスさん、あなたって人はー!!」


 麻里が即座にツッコミを入れるのだった。


・・・・


 飯田は朝から職員室の机の整理をしたり、玄関に花を生けたりと慌ただしく過ごしていた。外海大学からの実習生は朝9時に来るということだった。


「9時まで、まだあるわね」


 チラチラと時計を確認しつつ園長のものと外海大学から来る先生へのお茶パックを用意する。


「ふぅ、園長はコップを温めておかないと機嫌損ねるからねぇー……」


 ちらりとこぼしていた時、ひまわり保育園のチャイムが鳴った。


「さて、着たわね。8時50分……流石だわ」


 飯田は園長に知らせ、玄関へ向かった。玄関には外海大学と書かれたジャージを着た生徒たち10名を連れて、実習担当を務める日下部が先頭に立っていた。


「おはようございます、外海大学の日下部と申します。今日から1ヶ月ほど、お世話になります」


 朝日を背にした爽やかな日下部の姿や生徒たちの姿に、飯田はつい「まぁ」と言ってしまう程だった。

 日下部は胸ポケットから名刺を手に取り、差し出した。それを飯田は両手でそっと受け取る。


「頂戴いたします」


“外海大学 講師 日下部 翔斗”


 飯田は名前を確認し、視線を日下部や生徒たちへ戻した。


「ひまわり保育園の主任の飯田と申します。こちらこそ、よろしくおねがいします。これからミーティングをしますので、職員室へどうぞ」


 飯田は髪の乱れをさりげなく整えつつ、中へ招き入れる。

 そこへ、保育準備のため絵の具や画用紙を持った香菜が通りかかった。


「おはようございます、外海大学の日下部です。今日から生徒達がお世話になります」


 生徒たちも「よろしくおねがいします」と香菜に挨拶をする。先に顔をあげた翔斗は職員室へと案内するために背を向けていた飯田の目をかいくぐって香菜に笑顔を向ける。


 バランスよく持っていたわけでなかった道具が落ちそうになるのを抑える香菜。


「先生、可愛いー」

「ねー」


「こらこら、準備中の先生に失礼だろ」


 生徒達に言われて赤面しつつも、「よろしくおねがいします」と香菜は保育士としての笑顔を翔斗や生徒たちへ向けるのだった。


 そのやりとりを後になって見ていた飯田は「私も何かたくさん持っていればよかったわ……っていけない」と誰にも聴こえない声でそっと呟くのだった。


・・・・


(ちょっとした豆知識)


 クラスの活動は大半の園があらかじめ月案・週案によって決まっているのが基本のようですが、現代の保育だとおおまかにだけ決め、あとは子どもたちの様子で活動を決める貴重な園もあるようです。

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