第46話 ~焼きそばパンと爆愛皇飛~

 虎太郎は夕日を浴びながらバイクのエンジンを大きく吹かせていた。ひとまず焼きそばパンをあるだけ買ったからあとは総長の元へ帰らなくては。

 焼きそばパンなんてもうどうだってよく思ってしまうほど、心の中はそれどころではなかった。


 交差点の信号機が次第に色が変わり、停止を知らせる。

 片足をつくと足元からは照り返しの熱を感じる。


 胸は熱く波打つものがあり、それを抑えながらため息をついていた。


「はぁ……やばいなぁこれ……くぅぁ……!!」


 思い返す記憶の彼女。初めは「バッグ返せよ」という世にも恐ろしい程の眼光を放つ印象が肝を冷やしたはずなのに。

 それ以上に、虎太郎へ向けられた「ここちゃんと片付けて帰れよ」という言葉と表情に完全に心を奪われてしまっていた。


「百合戦線か……もしかしたら総長、知ってるかな……?」


 虎太郎の所属する“爆愛皇飛バースト


 心を踊らせバーストの集まる港の広場へ。虎太郎のバイクを見た仲間たちがぞろぞろと走って来たかと思うと頭を下げ、囲うように迎えた。


「虎太郎さん! おかえりなさい!」


 一人の男が言うと残りの全員が「おかえりなさい!」と声を揃える。


「なぁ虎太郎さん、総長が! 総長が!」

「俺たちに何も言わずにバイク乗ってどっか行っちまって……」


「おう、お前等揃いに揃って何言うのかと思えば……。心配いらねぇよ、最近よくあることだろ」


「そうっすけど……」

「でも、あんなに焼きそばパン食べたそうにしてたんすよ……?」


「まぁ、なー……」


 虎太郎はバイクから降りるとたくさんの焼きそばパンが入ってパンパンになった袋を揺らした。


「どうすっかなこれ」


「虎太郎さん……俺たち今まで総長探してたのもあって、超腹減って仕方ないんすけど……その……」


 仲間たちの視線が一気に焼きそばパンの入った袋に集中する。


「まじかよ。まぁー……総長居ないんじゃ仕方ねぇよな……。わーったよ、食え! 腐れるよりずっといい」


「わぁー! 虎太郎さんまじサンキューっすよー!!」

「なんか虎太郎さん今日はいつにもまして良いこと言うっすね!」


 虎太郎は焼きそばパンを一人の仲間に預けた途端一瞬にしてカラスのように群がっていった。


「まぁ確かに今日は良いことあったから、な」


“百合戦線”


「あ」

「はい? どうしました、虎太郎さん」


「あ、いや……お前ら知らないかもしれねぇけど……。百合戦線っていう族、知ってるか?」

「いやー……聞いたこともないっすね……新しく出来たんすか?」


 仲間全員も同じ角度で首をかしげている。


「いや、知らなかったらいいんだよ」


「そっすか。ああ、うまいっす」

「そか、よかったよ」


 虎太郎はニッと笑うとポケットからスマートフォンを取り出し、“薫さん”の文字をタップする。直接電話を掛けようか迷ったが、連絡が着ていない限り何かの邪魔になっては後になって凄まじい仕打ちを受けるかもしれない。

 そう考えた虎太郎はメッセージを選択した。


“焼きそばパン、買ったんすけど途中で事故っちまって……本当に……間に合わなくてすいやせんでした!! 今度こそ、間に合わせます!!”


 一応焼きそばパンを買ってきた証拠として総長である薫に緊張しつつもメッセージを送信し、ため息をついた。

 薫からのメッセージが来れば大音量の通知が鳴る設定にしているから寝ていても気づく。


 その日、虎太郎は静かなスマートフォンをちらちらと見つつ、時々メッセージを開ける。送信済みのメッセージには“未読”と書かれた文字ばかりが目に入った。


 薫からの連絡があったのは夜中の2時ぐらいだった。

 夜中は流石に近所迷惑になるからと着信をマナーモードにしていた虎太郎。着信に目を覚ました虎太郎は急いで電話に出る。


「あ……総長……! すんません、寝ちまって……」

「こンの馬鹿野郎が! まぁ、一段落するまで寝ちまってたんだけどな」

「そうだったんすか……」


 薫の声はいつもと違って怒りのようなものを感じた虎太郎。


「その、総長……最近、大丈夫っすか……? 皆心配してたっすよ」

「っるせぇ! お前には関係ねぇんだよ! ……じゃあな」


 それからは一方的に通話が途絶えた。


 虎太郎はホーム画面を確認してから緊張がとけたのと同時に大きくため息をつく。


 いつから総長、そんな風になっちまったんすか――。

 突然の電話の後は、なかなか眠りにつけないでいた虎太郎だった。

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