第45話 ~駆け抜ける音~
「アレスさんったら一体どこに……」
アレスが目の前から瞬時にして消えた後、麻里は探そうにも宛がなく、痛む身体を起こしてひとまず寮へと帰っていた。
陽は落ちかけており、いくつかではあるが小さく星も輝き始めていた。
ブロロロロロ――――……!!
静かだった寮の道の近くを、どこからか空気をもうるさく震えさせる大型バイクのマフラー音がいくつか響きわたり、消えていった。
「もう6時になるのになぁ……」
こめかみから血がたれてしまっていたところを洗面台で軽く洗うと、絆創膏を貼り、ため息をついた。ふとアレスの、「お前達には関係ねえよ!」という言葉が麻里の脳裏に浮かんだ。
「少しずつ、仲良くなってると思ったのになぁ」
まぁ、相手は一応ゲームの世界の魔王だしなと、麻里が苦笑した時だった。
ドンドンドン――――!!!
ひどく寮の扉を叩く音に驚いて、落ち込もうとしていた麻里は一気に気を引き締めた。
「開けろ麻里!! バッグ取り返してやったぜ!」
「えぇっ!? あ、アレスさん!?」
聞き慣れた声に弾かれたようにして立ち上がり、玄関へと走り込みドアを開ける麻里。
扉を開けると、口元を釣り上げたアレスがバッグを高々と掲げて立っていた。
「アレスさん……! 本当だ、バッグ……ありがとうございます、アレスさん」
「これくらいちょろいぜ。ああ、腹減った。パン食い散らかすやつ見てたら腹も減るぜ」
アレスはバッグを落とすように麻里に託すと、靴を脱ぎ捨て室内へとずかずかと足音を立てて入っていった。
「もう、アレスさんってば。って、パン? 食い散らかす?」
まぁ、無事で良かった。口元が釣り上がっていても、いつもとは違う安堵したような――。彼は言葉にはしないが、その表情に彼が言えなかった言葉も全て含まれているのかもと、麻里は察することにした。
「ん……?」
「え? アレスさんどうしました?」
「いや……。今、チラっと臭うものがあったんだけどな……すぐ消えるんだよなぁ。チッ、ったくよぉ! じっとしろよ! 腹減った!」
アレスの悔しそうな舌打ちを聴きながら、「焼きそばでも食べます?」と麻里が提案してから調理をしていると、匂いを嗅ぎつけたアレスがひょいと覗き込んだ。
「おお! そうだそのヤキソバっていうのも食い散らかってたんだよ!」
「へぇー……そうなんですね、どれだけ行儀が悪いんでしょうね、その人」
「ああ。麻里のバッグ取った奴だよ……って、取ってねぇとか言ってたな。変なやつだったぜ、地面に頭つけてよぉ、“なんとかシワケごぜぇなんとか”、とか言ってよぉ」
「あはは、アレスさんに必死に謝ってたんですかね?」
と、ほぼほぼ話が見えない麻里は言葉を汲み取りつつも、こみ上げてくる笑いを抑えながら返すのだった。
・・・
香菜は鏡を見て、結った髪が整いすぎていないかとか、服装が派手じゃないかなと少しばかりそわそわしていた。
スマートフォンから聞き慣れた、安心する通知音が流れてきて香菜はすぐさまそれを手に取る。
“香菜、大丈夫? 今日は逢えそうかな”
文面に香菜の口元が緩む。
“あまり長居はできないけど、大丈夫”
と、スマートフォンに指を走らせ送信を押すと、間もないうちに返信が来た。
“そうだよね。大丈夫。実習近いし、無理しないで。気晴らしになれば嬉しいよ”
ふふ、とつい声に出た後に、
“ありがとう。翔斗さんだってこれからの実習生のこと、大変なのに。 そしたら、今から行くね”
と、送信した後に玄関まで小走りし、「あっ、電気消さなきゃ」と、またそそくさとスイッチまで駆けた。
香菜が玄関を出た瞬間、「やぁっ」という爽やかな声に驚いた香菜は転びそうになった。
「きゃっ!」
「おっと!」
転びそうになる身体がそっと受け止められる。
「翔斗さん……! はぁぁ、びっくりした……」
「あはは、大丈夫? 慌てないでよかったのに」
「だってー……! 玄関開けたらいるって、思わなかったんだもの」
「ごめんごめん。だって、安心して外出して欲しいから、さ」
「もしかして余計だったかな」と苦笑する翔斗に、香菜は首を思い切り振った。
「そんな……! 安心、できるよ……ありがとう」
「よかった……。じゃあ、行こうか」
翔斗は深呼吸をした香菜の手を、そっと握る。
あたたかい雰囲気の二人を影から爪を強く噛み、身体を貫くように睨む人物には気づくはずもないでいた。
爪を噛む彼のズボンから携帯が鳴り響こうとも、気に留めるはずもなかった。
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