~園? 縁? 漢字ってめんどくねぇか~ ③
「は、あ゛?」
アレスは虎太郎からの突然の行動に、思わず一歩足を引いてしまっていた。
頭を伏せた側からなにか魔術を繰り出すのではないか。
固唾を飲むが、虎太郎は頭を伏せ、時々ちらちらとアレスを見ているが、姿勢は全く変わらない。
「お、おい。お前……出せるもんなら出してみやがれ! 頭に常に魔導エネルギー溜めやがって。俺様はいつだってヤる準備は出来てんだぜ」
「ひえぁ!?」
虎太郎は自らの頭髪に両手で掴む。
俺の髪がどうなってるって? 確かに金色に染めっぱなしで抜け毛も気になる程度で、あとは荒れて……。って、んなことより財布サイフ! と、心の中で叫びつつ慌てて服の中に金品がないかを手で叩くように探すが、あいにく焼きそばパン代を支払ってからはチャリンという情けない音しかしなかった。
「やっべぇ……。よりによって財布、テレビのとこかよ……! あぁ、あぁ……!」
昨晩はビール買って帰った後、テレビの側に財布を置いてすぐさまゲームしたしなと、あるならそこだと確信する虎太郎。
明け方までゲームしたまま寝落ち。
携帯に総長から連絡があり、焼きそばパンを買ってこいという罵声で飛び出したものの、総長からの30件を超える着信履歴の数への驚きと、ゲームはあれからセーブしないままだったかもしれない等といろんな想いが巡る。
「……テレビだァ? 俺様の気を引こうったってそうはいかねぇからな。お前は油断できねぇ。なにせ麻里のバッグを俺様が居るにもかかわらずあっさり盗んだ奴なんだ」
「めめっめ、めっそうもないです!! バッグ……あ! バッグ! 俺、バッグ盗んでねぇっすよ!」
アレスを見ながらバッグがどこにあるかと見渡す虎太郎。散り散りになった焼きそばパンのところに、一つ落ちていた。
虎太郎は地面を勢いよく掻くようにしてから全力疾走すると、バッグを手に取り、アレスの側でひざまずいた。
「こ、これっすか!? でも俺、あの、ホントに盗んでねぇんす! な、なんでもしますから、許して下さいぁああっ!!」
懇願するように虎太郎はアレスを見つめるが、アレスの真紅の瞳がまばたきをしないことから、恐怖心が増し、鼓動がけたたましい。
「ったく」
アレスが虎太郎の手からもぎ取るようにバッグを受け取る。しばらくの間、アレスはひれ伏す虎太郎を見つめていた。
「…………ほぉ。お前本当に嘘ついてないようだな。ったく、紛らわしいぜ」
「は、はは……はぁぁぁー……!」
虎太郎は突っ伏したまま盛大に息を吐く。もう一度ちらりとアレスを見ると、瞳の色、声が人間らしさを取り戻しており、一体なんだったんだという思いから上半身を起こすが、腰を抜かしてしまっていたようでそのままアレスを見上げた。
「あ、あ、あなた、様は一体……!」
「あ? 俺か? 俺は……。あれだ」
「はい……!」
きっと自分の知らないところで新たな女総長の族でもできあがったんだろうと固唾をのむ。この女総長はやばい。化物だ。と、虎太郎はしっかりと、特徴をとらえて総長へ伝えるべくその顔を覚えるために見つめる。
「ゆりせんせーだよ」
「へ? ゆ、ゆり? 百合戦線? すげぇとこの総長なんっすね……」
「うっせーな。麻里が待ってんだ。俺様はもう帰る」
くるりと踵を返したアレスは、近くに散らばっていた焼きそばパンを「おっと」と言ってよけた。
「おい、おまえ」
「は、はい!」
「なんでもするって言ってたよな」
「はい! はい!」
「……お前パン食うならおとなしく食えよ。見ろよキッタネェ。散らばりすぎだろうがよ。ここちゃんと片付けて帰れよ」
「は、は、い……」
虎太郎は、なんていいこという総長なんだと、尊敬の眼差しで見ていた。
今の総長は人が変わっちまった――。
「っといけね……あれ?」
一瞬、虚空に視線を向けただけだったが、次にアレスを見ようとした時にはもう、その姿はどこにもなかった。
「さ、さすが……ただもんじゃねぇよな……ははっ」
すっかり汗や風で乱れた髪をさっと手ぐしで整えた後、ざわつく胸にそっと手を当てる。
「なん、だ、この気持ち……」
バイクがひっくり返された一部始終を恐怖を含め全て忘れ去り、いい人に会ったな、何だかちゃんと思い出せば美人だったな、百合戦線っていう族か、ふふ、と心の中でたくさんの華やかな蕾を集め出していた。
「は……俺が族じゃなきゃ、総長に焼きそばパン頼まれなきゃ、あの方に出会えなかった……これって……運命じゃね!!??」
気がつけば、心の蕾たちが次々と開花した虎太郎だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます