第55話 ~あたたかな手~
「はぁっ、はぁっ……!」
「飯田先生、あと少しです!」
「流石若いわね、麻里先生は……!」
飯田はもう歳だわとぼやきながらも息も絶え絶え走る。
何台ものパトカーが一つの場所に集まっており、飯田と麻里は迷わずその場所へと直行できた。
パトカーや救急車が停まるその場所は、今は瓦礫の山がいくつもあり、廃墟と化していた。以前は工場だったのであろう。劣化により崩れてしまったベルトコンベアーが、古さを物語っていた。
麻里はアレスをすぐさま探す。そして、アレスを見つけたと思えばやはり数人の警察からの事情徴収を受けて「あ゛!?」というものすごく態度の悪い姿がそこにあった。
「アレスさん!」
麻里の声に驚いたようにアレスが声の方へと振り返る。
「おお麻里! よかったぜ、こいつらしつこくて消してやろうかってな! ……んぶっ!!!」
相手は人間の警察であろうと、ここは人間の世界である。絶対的権力は、どう考えても警察にある。
麻里は青ざめた表情でごまかしながらもアレスの口を力強く塞いだ。
「あーのー!! 記憶がおかしくなっちゃったんですかねぇ百合先っ生っ!! もうだーまりましょーうねー!」
懇願するようにアレスを見つめると、アレスは麻里の手を振り払わず「ふぁふぇな」しゃぁねぇなと言うのだった。
「ご、ごめんなさい、ちょっと彼女混乱してるみたいで」
麻里はあたりの異常な様子に素直に感想を述べると、
「ああ……そうだよね、こんな状況目の当たりにしたら、普通じゃ居られなくなるよね」
申し訳ない、と警察はアレスに謝る。
「ふぁふぁっふぁんはあいい」わかったんならいい。
アレスもやっと落ち着きを取り戻した様子だった。一方麻里は現状の把握ができず、あたりをキョロキョロと見回す。そのため手元がおろそかになりアレスの口を塞いだままとなった。
「虎太郎!!!」
誰の大声かと思えば、飯田が血相を変えて担架で運ばれていた虎太郎の元へと駆けつけていた。
「虎太郎、虎太郎!!」
担架の上で気を失っている虎太郎を見て、飯田は息子が死んでしまうのではないかという恐怖から何度も叫ぶように名前を呼んだ。
意識を失っていた虎太郎の眉間に力が入る。
それを見た飯田は、恐怖から一気に安堵に変わり、喜ぶ気持ちでまた名を呼ぶ。
「虎太郎!! 大丈夫!?」
「ん……ん゛!? うゲェ!!? ババア!!?」
虎太郎は正気に戻り、そして苦手である母の存在を認識した瞬間に担架の上だというのに転がってでも逃げようとする。救急隊員は驚いて虎太郎を押さえつけ、車内と急ぐ。
「お、おいこら! ちゃんと大人しくしていなさい!」
「い、嫌だ! ババアが来た!」
「ったくあんたはもう! こんな状況でババアババアうるさいわね! あんた大丈夫なの!?」
「大丈夫じゃねぇよ見てわかるだろババア!」
飯田と救急隊員によって担架にベルトをぐるりと巻き付けられるようにしっかりと押さえつけられている虎太郎は、ぎゃいぎゃいと言い合いをしながら自然と救急車へと乗り込んで行ってしまったのだった。
「あはは……飯田先生、息子さんと再会できてその、よかったですね……」
「そうだな。しっかしアイツ、案外しぶとい生命エネルギーしてやがったな」
麻里の手から自然と逃れたアレスは、ふああと伸びをする。
「あっ。あー……そうだ、こんなことしてる場合じゃねぇ」
「本当だっ。そうですよね、私達勤務に戻らないと」
「ああ。それとな」
もう一つ用が出来た。
アレスの声が一段と低くなったかと思えば、アレスの口元は少しだけ笑っているようだった。用、ということはアレスのエネルギーに関することだということを、麻里は把握済みである。
「あれ……!? 今気がついたんですが、アレスさん、涙が……?」
アレスが歩き出そうとした横顔を眺めた時に、目尻に少し濡れた跡があることに麻里は気づいた。
「あー……これ俺様のじゃねぇよ。カオル……とか言ったか、確か」
「はぁ……」
「ボスゴリラみてぇな奴からエネルギー返してもらった時にな。ちょっと嫌なエネルギーもあって厄介だったぜ」
「そう、なんですね」
麻里はどういったものかと訪ねてみたかったが、嫌なエネルギーと言われたことを思い出し、口をつぐんだ。
「アレスさんとは、こんなに近くに居るのに……」
アレスさん、私は……。
アレスさんが一体何を感じたのか、私も知れたらいいのにと、そう思います――。
「あ? 何か言ったか麻里」
「いっ! いいえ、大丈夫です! 戻りましょう、勤務に!」
「ったく、シケた面してんじゃねぇよお前まで。戻んだろ」
眉を八の字に曲げた珍しい表情のアレスは、麻里の頭上を見たと思えばポンと軽く叩くアレスだった。
「わ、あ、は、はいっ!?」
アレスの人間らしい行動に驚き軽く叩かれた場所を反射的に抑える。
自分の知らない間に子どもたちから教えてもらったのだろうかと想像すると思わず微笑む麻里なのだった。
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