第56話 ~残るはただ一人~

 麻里達がひまわり保育園へたどり着くと、アレスは「俺様は先にキョーシツに戻る」と、言ってそのまま行ってしまった。


「あ、アレスさん黙って出て行ってしまったんだった」


 麻里はあっけに取られた様子でアレスを眺めた後、「いけない! そうだった!」と思い出し、園長の元へと急いだ。


「園長先生、只今戻りました!」


 そこには園長室の机の上で、珍しく頬をついていた園長の姿があった。


「麻里先生、おかえりなさい! どうだった?」


麻里が帰ってくるなり、ぱっと顔をあげて身を乗り出す園長。よほど心配していたのだろうと、すぐさま麻里は園長へ親子無事に再会出来た音を伝えた。


「あらそう……よかった、やっぱり家族の問題は、直接話し合わないとね」

「話し合い……になってたかちょっと微妙ー……なんですけど、でも、飯田先生はとても嬉しそうでした」


 ババア! 虎太郎! ババア! 虎太郎!


 その言葉ばかりが麻里の記憶の中でリフレインされている。


「ふふ、それが一番じゃない? そのうち息子さんも飯田先生の気持ち、わかってくれるわよ」

「だと、いいですね」


 二人は安堵した表情で微笑みあった。


・・・・・


「香菜……」


 日下部は通勤カバンにパソコンをしまった後、事務所のソファで横になって眠る香菜へと近づいた。


「きみはあの時、怖くて泣いていたの? それとも、なにか安心して、泣いていたの?」


 香菜の髪にそっと触れた後、立ち上がった。


「本当なら片時でも離れたくないんだけど……また、後でね」


・・・・・


「あ゛!? 帰っただと!?」

「え!? あ、はいっ!」


 香菜のクラスでは、実習生の紗絵がアレスに肩を捕まれ揺らされていた。


「先生っ、どう、しちゃったんですかっ」

「ちっ……。あの野郎、逃げ足早ぇな」


 アレスが腕を離すと、軽くよろめく紗絵だった。


 紗絵の話によると、日下部は今日の生徒達の反省会のレポートを大学に提出しなければならないため今日は帰ってはこれない、ということだったが、アレスに到底その仕組を理解できるわけがなかった。


「あの……先生は、日下部先生が苦手ですか?」

「あ゛? ……ニガテ? アイツ、ノーマークだったんだが俺様の好きな匂いがしてるんじゃねぇかと思ってるんだ」

「はい?」


 紗絵がアレスの答えに目を何度も瞬きさせていると、救世主である麻里が二人の元へと走って帰ってきた。


「―――あぁああもううう!! 百合先生、ややこしくなること言わないでください! 体臭は人それぞれでしょう」


 どうにか話題を終わらせようとする麻里だった。紗絵はそれを見てクスクスと笑っているが、とりあえず笑ってもらえてるため安堵する麻里である。


「そういえば、水森さん、日下部先生は?」


 麻里からもアレスと同様の質問をされ、水森が答えようとすると、アレスから「帰ったんだとよ」とつまらなそうに口を挟んだ。

 そのアレスの表情からして、今回のアレスが一番人間がようやっと分かった気がした。


 話が終わると紗絵はそそくさと子ども達のところへと行き、出来ないよと泣いている子どもに対応しはじめた。

 麻里はそんな姿に健気さを感じながら、自分の実習生時代を思い出しつつ、感慨にふける。


「おっ、そういえばよ」

「どうしました?」

「俺様がさっきエネルギーもらった奴……アイツ、香菜と写真に映ってた奴だったぜ。カオルとか言ったか」

「え、え!?」


 麻里は愕然とし、そして自然に、「ということは」と、頭を整理しだす。


 今回、良治の、美咲への噛みつき。

 二人は日頃、とても仲がいいはずなのに、と。


 そして、薫と呼ばれた男と香菜。二人は過去に付き合っていて、

 いつのまにか、薫はストカーをするように

 あんなに、愛し合っていたのに。


 そして2つの件に共通していることが、「自分がやったのではない」。のではないか。


 すると残るは――。


「早くクサカベと会わねぇとな」


 日下部。教師であり、香菜とも雰囲気がいい二人。

 ストーカーの相談相手は、彼なのではと麻里の中で、ひとつひとつのピースが、綺麗にはまっていくのだった。

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