第11話 ~エネルギー回収完了~ ①

 あの娘は、4月からここの保育園に、そしてたんぽぽ組に入ってきた。


「須藤麻里です、今日からよろしくお願いします」


 園長があの娘をクラスまで見に来ることはよくあった。


「植野先生、あの新しく入ってくれた須藤先生はよく気の利いた先生ね。ピアノも上手だし、話も子ども達皆聴いているなんて凄いわ」


 園長があの娘を第一印象からして気に入っているとは知っていたけど。


「まりせんせいー! だいすきー!」


 子ども達も麻里先生あのこ

 皆、麻里先生あのこ―――。


 どうしてあの娘は。ちょっと園長に気に入られたからって。

 子どもはただ若い子が好きなだけ。


「おはようございます、植野うの先生」


 あたしに向けるその笑顔なんて、偽りに決まってるじゃない。

 なによ、笑顔なんて誰だっていいに決まってる。



植野うの先生、ちょっと噂で聴いちゃったんだけど。最近麻里先生に掃除まかせっきりなんじゃない?」


 それは、職員室で飯田主任に言われた言葉だった。


 何気ない、ちょっとした注意の入った会話だったのかもしれないけど、たんぽぽ組のトップの先生に言ってくれたらいいのに。そのベテランの先生へではなくて、中間である立場のあたしが言われても困る、というのが正直な気持ち。


 内容は、掃除当番での小さなトラブル。

掃除当番の先生は日々順番に変わる。各部屋やトイレ掃除をしていくようになってて。

 その日の当番だった先生は、丁度クラスのリーダーだった。


 幼稚園のように、一人の決まった先生が主となって日々のことを進めていくということは保育園ではほぼ無いかも知れない。

 保育園でのリーダーは、複数担任だったら、その中でリーダ役やサポータ役、雑用役が決められて、それは日替わりか、週替りで変わって行くところが多い様だ。

 リーダーの役割は、子どもたちを大きくまとめる重大な役割がある。補助の先生は、リーダーの動きがスムーズに行くように、子どもたちを誘導することになっている。


 近年増えてきた、わがままな子ども達。小さなクラスにぎゅうぎゅうと押し込まれた挙句、まとまらないクラスをスパッとまとめることが出来るのは、そのベテランの先生しか居ない状態であった。

 その日だけでなく、何回かは確かにベテランの先生が掃除当番とリーダと重なってしまうことがあり、その度に麻里先生あのこを掃除へ行かせていた。


 現代なんて特に、日々穏やかに過ごしてる保育園なんてきっとない。


 そんな殺伐とした慌ただしい中で、新人は子どもたちの行動を大きくかき乱す。本人にその気は無くても。

 だから、クラスから離れての掃除という仕事は彼女が最適だった。


「ごめんね、須藤先生。掃除、今日もお願いできないかな」

「あ、はい、大丈夫です。行ってきます」


 新人って、どうしてこう素直に言う事を聴いてくれるの。


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