~エネルギー回収完了~ ②


 新人が掃除をする状況が何日か続いてしまった事が気づけなかったぐらい、当たり前になっていた。

 あの娘が掃除する姿を時間帯関係なく見ることが出来たのは。クラスを自由に行き来することが出来る飯田主任と園長だった。

 知らない所で人は見てるっていうのは、本当だわ。


「そう、クラスが大変なのね。気持ちは分かるけど、新人さんであればある程、ちゃんと現場に居させてあげないと。掃除ばかりだと麻里先生が慣れないし、保育士のチーム内でも馴染めないわ」

「はい……。そうですね。彼女の経験になれるような方法を探します」

「貴重な新人さんなんだから。お願いね」

「はい」


 ねぇ。どうしてあたしが注意されないといけないの。

 クラスを安全に進めて行かないと、責任問題になるじゃない。

 それを避けて、何が悪いの。


 それ以来、あの娘を見ると反射的に虫酸が走るようになってしまった。

 何をしていても気に入らない。


 クラスの外へ掃除へと出る機会が増えてしまえば、必然的にクラスの中の動きを見ることが出来なくて、クラスでは戦力になりにくい不具合は生じるもので。


 麻里先生あのこが他の保育士へ謝る回数が確実に増えていた。



「そんなことも覚えてなかったわけ? この間言ったばかりじゃない」

「すみません……!」


 コイツの謝る姿が、ワタシの唯一の慰め。

 悦び。


「あのさ、どうしてこころちゃん、泣いてるのよ?」

「あの、すみません、ちょっと目を離してしまって……えっと……」


 何よ、子どもが泣いてる理由だって把握できてないじゃない。

 思ったよりコイツ、仕事できてなくない?


 一人が仕事出来てないと評価をしてしまえば。

 私を気に入った先輩の先生が、コイツが仕事出来ないという評価を認めてしまえば。

 あとは自然と弱肉強食の法則で上から下へ「出来ない評価」が広がって行く。


 この感情って、何なの。

 怪物にでもなった様な気持ち。

 投げた怒りを全部吸い取ってくれるアイツ。本当に、気持ちがよかった。

 

 でも、本当に

 ソレデ ヨカッタノ……?


・・・・・・・



 アレスは植野のエネルギーを取り込んだ直後、様々な映像を見せられていた。これは、植野の想いが溢れた記憶だ。

 アレスの足元には植野が倒れている。

 立ったまま、倒れた植野を眺めていると、記憶の再生が止まった。


「終わったか。植野の嫉妬か……分かりやすいな」


 アレスはしゃがんで、意識のない植野へと語りかける。


「嫉妬する時のエネルギーはすげぇんだよな。みなぎってやがる。人間同士は俺が放っておいても『嫉妬』という素晴らしいエネルギーを放出してくれるからな。こいつはそのエネルギーと完璧に一体化してた……ってことか」


 アレスが考えていると植野をどうするかを考え始める。このまま倒れられていてもどうしようもできず困るだけだった。


「おい、そろそろ起きろよ植野」


 何も反応の無い植野うのを引っ叩けば起きるだろうかと手を振り上げたが。


 脳裏に――


「かぜをひいたひとにはね、げんきがでるように、やさしくしなきゃだめなんだよ」


 ひかるの優しい言葉と表情が浮かんで消えた。


「はぁああああ……輝めぇぇ……!」


 いらぬ知識を。アレスが大きくため息をつくと、植野うのの指先がぴくりと動き出した。


「おっ」

「う……ここ、は……?」

「どこだろな。木が生えてるぐらいで俺も分かんねぇ」


 植野うのが周りを見渡し、場所を把握する。


「あ……駐車場、か……。百合先生、どうしてここに……?」

「あ? 何も覚えてねぇのか?」

「何もって……、何……?」

「めんどくせぇな。まぁ、お前が麻里に対して嫉妬してるってのは伝えたからな」


 嫉妬、という言葉に驚いた植野うの。自覚がない様だった。


「え、あたしがあの娘に、嫉妬……!?」

「ん? なんだ、なんかさっきと様子が違うな、お前。さっきの威勢はどうしたんだよ……何も覚えてねぇのか?」

「あたしがあの娘に感して覚えてるのは……そうね、4月の事と、掃除の事と……うぅっ……あとは、断片的にしか思い出せない……」


 植野は頭を抱えてうずくまった。


「はぁ、よく分かんねぇけど。お前まず、麻里と話した方がいいかもな」


 ほらよ、と、アレスは植野に肩を貸す。


「百合先生……」


 植野は素直にアレスの肩を借り、足を引きずるように園へと戻った。

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