第12話 ~いじめられ系保育士麻里・完~ ①


 アレスは植野うのを半ば引きずるように歩き、人間の身体に不便さを十分に感じながら、やっとの思いで職員室前へと辿り着いた。


「ん? 何か妙なエネルギーを感じるな。このエネルギーは……俺はここに居る。お前らだけで話して来いよ」

「は、はぁ……」


 植野は理由の分からないまま職員室の扉を開けた。


「……失礼します」

「あ……植野先生……」


 麻里はソファに座って紙コップを持ち、水分補給をしているところであった。

 職員室には麻里、そして側にはひかるが。

 飯田の姿が見当たらないのは、麻里や植野が抜けたクラスに入って加勢しているのだろう。

 麻里の顔色は優れないが、それでいても先ほどより体調面はよくなっている様だ。


「まりせんせい……だいじょうぶ?」


 輝が今にも泣き出しそうな様子で麻里の側にいた。

 輝の小さな手が麻里の手をぎゅっと、少し強く握っていた。


「輝くん」

「なぁに?」

「麻里先生の事、守ってくれてたの?」


 輝へ、クラスへ帰れとでも言うのかと思ったが。植野の意外な言葉に、麻里は驚いて目を見開いた。


「うん! まりせんせいがげんきになるまで、ぼくがげんきをあげなきゃって」


 ぎゅっと、麻里の手を握る輝。


「そっか、輝くんは優しいね」

「でしょー。ぼくはげんきだらけだから!」


 輝の堂々とした態度とおかしな言葉に、ふふ、と笑いがこみ上げた麻里と植野。


「麻里先生」


 植野の言葉に反射的にびくっとなる麻里。


「……そんな風になるまで、あたしあなたに酷いことしちゃってた?」

「え?」


 今までと打って変わった植野の言葉や態度に驚き、麻里は今まで感じていた頭痛を忘れてしまった程だった。


「麻里先生がそんなに怖がってたなんて。あたし、何してたのかな」

「あの、その……えっと……どうしたんですか?」

「どうしたんですかって……あぁー……そんなにあたし酷かったのかなぁー……」


 植野は頭を抱えた。


「ごめんなさいね、麻里先生。あたし、麻里先生には酷い事ばかり……」

「いえ、そんな……! 私がちゃんと周りを見ていなかったから……」

「麻里先生はちゃんとそうやって分かっているのにね。あたしは、教え方が下手だったわね」


 歳も30後半だし、更年期かな、と情けなく笑う植野。


「植野先生……」


 麻里の仕事ぶりは植野もきちんと評価はしていた。ただ、高評価を与える、周りの反応が気に食わなかった。そんな簡単な理由でここまで麻里を追い詰めてしまっていたと、植野は深く反省した。


「麻里先生、少しずつでいいの。急がなくていいから、ひとつひとつ、こなして行って」

「はい……」


 また、誰でも言える言葉を掛けてしまうなんてと、植野は一度考え直すために麻里から視線を外した。


「……あなたは、きちんと子ども達と向き合っているから。子どもに好かれる事は、何よりも大事よ。大丈夫、自信持って」

「そんな、自信だなんて……」


 俯く麻里へ、輝が大丈夫だよと、声を掛けている。

 社会を知らない純粋である子どもの持つ感性はとてもきめ細やかで、大人の表情や気持ちを感覚だけであろうが、それでいても誰よりも分かるのかもしれない。


「輝くん、輝くんは麻里先生のこと、大好きよね」


「うん! だいすきだよ、まりせんせい! まりせんせいのかぜが、はやくなおりますようにっ」


 どうしてこの一言が言えなかったんだろう。植野はやっと口からでた自分の言葉に安堵した。新人の保育士なのに。ベテランのように動けということが如何におかしいのも分かってるはずだったのに、と。


 現代は少子化と謳われているが、現実は待機児童は増える一方である。

子どもたちの数はパンクしそうなのにも関わらず、圧倒的な保育士の少なさ。保育士になりたいという若い子が激減しているのも事実である。


 今回の件でもし麻里先生でなかったら、この保育園をやめていたかも知れないと、植野は麻里に感謝をするように麻里と輝のやりとりをあたたかく見守った。

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