~いじめられ系保育士麻里・完~ ②


 保育士を志望する若い人達が激減していく現実の中で、麻里は保育士という職業を選択した。新人一人、経験が今は無いかもしれないが、未来のための、かけがえのない戦力なのだ。


 そう。大事な、戦力。


「その事を、忘れてたなんて……先輩として最低だったな……」

「え……?」


 麻里は瞳を見開いた。植野の言葉ははっきりとは聴こえていないはずだが、それでも麻里に対しての謝罪の言葉であることは雰囲気として捉えることはできた。麻里は、どう反応していいか分からなかった。そんなことないですよ、と小さく言葉を足した。


 全て、経験というプライドがおかしくさせていたんじゃいか。それに気がつけてよかったと植野は感じていた。


「百合先生は人が変わっても、やっぱり凄いわね」


 植野は力なく笑った。


「そうですね」


 正体を知る麻里は、彼の活躍に感謝しつつ言った。


「……須藤先生、これからも一緒に……がんばれそう?」


「はい……! ありがとうございます……! 一緒に、がんばります……!」


 植野が先輩としてのありかたが間違っていたと分かった一方で、麻里は何をやっても上手く行かなかった自分が本当に許せないでいた。過去までは。

 それが今、確かに自分を認めてくれた先輩がここにいるということに喜びを感じていた。ここに居ていいんだと、麻里は自分の居場所を見つけた気がして安らぎさえも感じていた。


 ふと、麻里と輝のがあった。輝は何も言わずに、にっこりと微笑んでくれた。


 やっとまた、一筋の光が見えた気がした。この保育園に就職した頃の、希望に溢れた、あの光が。と言っても、先日から希望の光りは見えていたのだ。

 アレスという存在が、麻里の目の前に突然表れた時から――。


 麻里の瞳からは、感謝の気持ちと自分を許せた温かい気持ちで涙が溢れた。


「だいじょうぶ? まりせんせいなかないで、よしよし」

「わぁ、輝くんありがとう、だめだ、涙止まらない……。

輝くんあっち向いててー……。先生恥ずかしいから……!」

「えーっ! なんじゃそりゃぁー」


 コケるような真似をしてみせた輝。それを見て植野が笑い、麻里も涙を拭いつつ、笑顔になった。

 輝はそんな二人を見てもっと笑顔になったのだった。



 ・・・・



「あ゛ー、あ゛ー……一気に退屈になっちまったなぁー」


 アレスは職員室から少し離れたところで、壁に寄り掛かっていた。


 大蛇の大きなエネルギーを吸い取り、体中に漲るものを感じたにも関わらず、今のところ身体には何も変化は起きていない。


「もっとエネルギーがいるのか? どこに行けば手に入る……」


 遠くからバタバタと足音がしたかと思えば、飯田が走ってきた。


「あら、百合先生! 植野先生見なかった!?」

「植野なら中にいるぜ」


 アレスは顎で職員室を指して伝えた。


「わかった、ありがとう!」


 飯田は職員室へ入り、植野へクラスへ戻るよう注意と、麻里を寮へと早退させる指示を出した。


「麻里先生の体調、園長先生も心配してたわ。ちゃんと身体、休めてきなさい」

「はい、すみません飯田先生……。ありがとうございます、お先に失礼します」

「百合先生も、今日は麻里先生についていてあげて」

「お、おう……」


 飯田はそう言うと、たんぽぽ組へと急いで戻っていった。


「ソウタイって何だ?」

「もう、お家へ帰っていいですよ、っていうことです」


 麻里は、勤務時間よりも早く退出することと、早退の本来の意味を説明してもきっとアレスには分けの分からない顔をするのは目に見えていたため簡潔に答えた。


「そうなのか。麻里、早く帰って寝ろ」

「そうですね、そうします」


 麻里が微笑むと、アレスは調子が狂うなと口ごもった。


「にしても慌ただしいな。子どもガキたちと、子どもガキたちを怒る先生やつらの声」

「子どもの命が、かかってますからね……」


 麻里はアレスにもたれかかった。


「おっと。ほら、帰ろうぜ」

「はい、アレスさん……ありがとうございました。植野先生のこと……」


「あ? 麻里寝ぼけてんのか。早く寝ろっ」

「あはは、『ありがとう』は、アレスさんの嫌いな言葉のようですね。はい、早く寝ますね」


 仕方ないなという表情で、麻里は笑った。


 そして次の日には、麻里も大分回復し、アレスに雑務を教えつつ、仕事をこなすのだった。


「麻里先生、ここはこうなのよ。こうすると子ども達が集中しやすくなるわ」

「あ、はい! 子どもたちを、そうやって惹きつけるんですね」


 以前より教え方に優しさと情熱が入った植野。

 そんな植野を見た他のたんぽぽ組の保育士達も、麻里への態度が自然とそのようになって行くのもあとは時間の問題だろう。


「退屈だな……まぁ、麻里はあの方がいいのかもな」


 アレスはそんな嬉しそうな麻里の姿を欠伸をしながら見つめた。



 “ア……レス……!”


 突然、何者かに名前を呼ばれたアレスはっとなって周りを見渡した。


 周囲は、子どもたちががやがやと、笑ったり、喧嘩して泣いたりする姿の他には、誰も自分を呼ぶ者は居なかった。


「なんだったんだ……。誰だ? 女の、声……?」


「よぉっし! ゆりせんせいにも、うりゃー!!」

「ぐぇ!!!」


 たんぽぽ組の子どもより、アレスのお腹へとまともにタックルを受けてしまった。


「ぎゃはははー」

「この……やろう……!!」


 子どもの発する全力タックルとその痛さで、唸りながら突っ伏したアレスなのであった。


 そんなアレスの姿を見て、麻里と植野は自然と微笑み合っていた。

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