第23話 ~アレスは“マジック”を手に入れた!~

「なぁ、麻里何書いてんだ? あとそれ何だよ?」


 子ども達がお昼寝をしている間も絶好の運動会の準備の時間となる。とはいえ、寝ている間の睡眠チェックをしながらであるため、没頭というところまではできない。


 麻里があまり音を立てないようにして広げた模造紙に、マジックで大きく、運動会のプログラムを一つひとつ書いている時だ。


「これはですね、マジックです。書きたいものを何でも書けるんですよ」

「ほぉぉ……地味な魔力も存在するんだな」

「地味ですか? 魔力でもないのですけどね」


 麻里はアレスの言葉を聴きつつプログラムを書いていく。


「なぁそれ、俺にもくれよ」

「くれって、貸しますから。ね? また返してくださいね」

「おう」

「何に使うんですか?」

「知らん」

「えっ……。アレスさん、この模造紙あげますから、試しに何か書いてみてはどうですか」


 傍から見るとまるでお絵かきを知らない子どもへの初めの一歩にも見えかねない。

 アレスは嬉しそうに模造紙とマジックを受け取ると、座り込み、マジックを握りしめて書き始めた。


「おぉ! 俺にも出来たぞ麻里!」

「はい、上手ですアレスさん」


 子どものような反応に、麻里は思わずふふ、と声を漏らした。


「すげぇな! 人間すげぇ!」


 点を打ってみたり、フラフラな線を書いてみたり。楽しくなってきたのか、声を出しては感動していた様子から、次第に無言になって、模造紙に次々と何やら書き出していた。


「よかったですね。何だか楽しそうなアレスさん、可愛らしいですよ」

「あ゛? 何か言ったか」

「いいえー。あ、そうだアレスさんの衣装、簡単なものですけどできましたよ」

「おお、俺のイショが出来たのか」

「えっと、いしょう、ですから。ちょっと待っててくださいね」


 麻里が自分の持ち物のバッグの中から更に小袋を取り出す。


「きっと、似合うと思いますよ」

「はぁ……あんまり気が乗らねぇな」


 アレスは袋の中を覗き、不服そうな顔を麻里に見せる。


「まぁ、まぁ。似合いますから」



 運動会まではいよいよ間近になり、保育士達の疲れが露わになる頃。保育が終わった後に全職員による会議が開かれ、プログラムを事細かに決めるという仕事が行われる。

 行事の前は何かと勤務外の会議が増える保育園は少なくはない。早朝から運動会の練習ということで職員を集められる所もしばしば。

 

「ご飯食べられました? お先にどうぞ」


 といったやりとりもピリピリした空気の中でやりとりされる。

 特に、予行練習の時は。


「わ、若菜先生大丈夫ですか?」


 麻里は放送席用に用意されていた机に伏していた若菜に触れるか触れまいか迷いながら声を書ける。


「だいじょうぶ……昨日まで衣装の徹夜だったのー……! やっと完成できたから眠くて眠くて……」


 若菜の衣装地獄には麻里も時々参戦はしていたが、やっとの思いで完成させた若菜の気持ちに寄り添うように頷いた。


 予行練習を行う時は、プログラムの順番関係なく、全年齢のクラスが参加する。ご飯を食べる頃には、0、1歳児のクラスは保育園へと帰って行く。


「アレスさんはご飯食べました?」

「ああ。食った」

「って、アレスさん輝くんと砂いじりですか」


 予行練習でのわずかな休憩時間。アレスはテントの端で輝と一緒に運動場の砂に触れている。


「ゆりせんせいみてー、できたっ」

「おぉ輝、なんだそれ」

「モンパンマンだよ」

「もんぱんまん? 面白いな。どうやって描くんだ……」

「あはは、ゆりせんせいのまねっこさんー。じょうずじょうず」


 アレスは初めてマジックを手にとった後、寮に帰ってからもお絵かきがしたいと麻里にねだっていた。麻里から広告の裏紙等を貰い、時間があれば描き続けている。

 

「ああ。楽しくて仕方ねぇ」

「あはは、ゆりせんせいのモンパンマンなんかおこってるー」

「怒ってるか? どうみても勇ましいだろ」

「あはは、おこってるー」

「うるせぇ輝っ」


 輝と砂いじりをしているアレスを見ているとつい、アレスが魔王であったことを忘れそうになる麻里。



「のがせんせー!」

「てぇやー!」


 麻里が子ども達の声をするほうへと視線を移すと、自分が所属する2歳児クラスの子ども達が野河の元へ笑顔で走ってやってきていた。

 無防備に彼女に近づくなどと、驚く。子ども達がどんな事で怒られやしないかと、麻里は恐る恐る見つめていた。


「のがせんせーおんぶしてよー」

「ぼくも、ぼくもー!」


「……またく、仕方ないねぇ」


 野河は何の躊躇もなく、子ども達の小さな身体をひょいと背中に乗せる。麻里はそんな野河の姿を見ることは初めてであった。



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