~野河を追え! ③~

 麻里は自分以外の人に呪文を掛けられているのを初めて目の当たりに、腰を抜かして座り込んだ。


「化け狸かよ。こいつぁ最高だな」

『この若僧め、我に何の用だ』


 声のようなものを発してはいるが、あまりにも恐ろしい声に麻里はがくがくと唇が、全身が震えだす。


「お前を見つけたからには俺のものになって貰おうってな」

『やはり若僧。この主は簡単には我を手放さん』

「はっ! 馬鹿言えよ」


 アレスが左手を前に突き出してかざすが、狸のようなエネルギー体はどっしりと構えており、逃げようともしない。


『やってみろ。こいつの命も一緒に巻き込まれるだろうがな』

「関係ねぇ」


「そ、そうですよ! 関係ない……え!? 駄目です!!! 関係ありすぎです!!」


「我が身の一部となれ……」

「駄目――――!!」


 麻里はアレスを突き飛ばした。 

 アレスはバランスを崩し倒れ込むと、そのまま止まることなく教室の中をスライディングした。


「っ! 痛ぇな!! 邪魔すんじゃねぇよ!!」

「駄目です! 私には分かります、手強いです、この“敵”……!」


『お前等は我と主との深い結びつきを知らんだけだ。こいつは心地いい』


 化け狸は野河の身体に再び入り込み、消えた。立ち上がっていた野河はそのまま机に伏してしまい、意識を失った。


「わ!? 寝ちゃった……んですかね……」

「……おい、何してくれてんだよ」

「だ、だめなんです。野河先生の命まで、吸い取ってしまっては何の意味もないんです……!」

「はっ。こいつが居なくなって喜ぶ奴はいくらでも居るんだろうによ」


 アレスが意識を失った野河へ顎で指すと、麻里が制した。


「ちょと、待ってください、これ……」


 麻里が目にしたのは、野河の机に不自然に置かれた写真だった。先程まで持っていたのだろうか。きっと、アレスが呪文を掛けた後、手から落ちてしまったのだろう。

 

「これは……誰?」

「……。こいつは……」


 アレスが写真を持つと、愉快そうに口元を釣り上げた。


「こいつだけでも頂くか」

「え?」

「我が身の一部となれ。ボイド――!」


 アレスが呪文をとなえた途端に写真から禍々しいエネルギーが天井まで沸き上がったかと思えば、アレスの身体へと吸い込まれていく。


「うわっ! び、びっくりした……!」

「っし。漲った」


 アレスは納得したように、机に伏せていた野河を一瞥するとその場を出ていく。野河がピクリと動いたような気がして、麻里も慌ててアレスの後を追った。


 静まり返った教室。


 野河は眠っていたのかと周りを見渡すとゆっくりと身体を起こす。机に置かれていた写真の人物と視線が合い、動きが止まる。少しして、そっと手元に置いてあった手帳に挟み込んだ。


「……夢、か……」



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