第7話 ~寮は男子禁制です~ ①


 園庭に着いた麻里は、胸元にあてた手を握りしめた。呼吸が浅く、気分のわるい言葉ばかりが脳内をかけめぐっていた。


 ほうきとちりとりをやっとの思いで持つ。ほうきを動かす手が重く感じる。

 不意に手からほうきが離れて倒れていく。

 私、何してるんだろう。ゴミがまだ散らばってるのにと、麻里は落ちたほうきを拾って、ゴミをまた集め始める。

 そのときふと、園庭に咲くたんぽぽが目に入った。

 美しく太陽の光を受けて花びらを広げるたんぽぽに視界がゆがむ。


 温かい空気と、無垢な花は、今の状況の麻里は辛いものだった。


「倒れた人を心配して何が悪いの……?」


 須藤、あんたは、早く仕事戻んなさいよね――。


 植野の視線や言葉の全てが麻里の身に刺さってくる感覚がしていた。

 どうして自分ばかりがぞんざいな扱いを受けなければならないのか。

 風を受けて優しく揺れるたんぽぽを睨む。麻里は悔しくてたまらなかった。


 地面に、いくつかのしずくが麻里の頬を伝って落ちていく。

 そのまま麻里はうずくまって膝を抱えた。

 涙が止まらない。止めようとしても、止まらなかった。


「いいエネルギー出してんだな」


 聞き覚えのある声に、麻里ははっとして拭きものを探す。かろうじて、常備しているポケットティッシュを取り出し、急いで顔中を拭いた。


「百合先……アレス、さん……」


 今は二人きりだから、呼べる“アレス”という名前。


「麻里はどうしてそのエネルギーを出せるんだ」

「え?」


 心なしか、嬉しそうに聞こえる百合の身体を通したアレスの声。


「何の事、ですか?」

「闇のエネルギーだ。お前、今すっごいエネルギー出してるんだ」


「……今、ですか?」

「ああ」


 思い当たることと言えば、植野を始めとする先輩達に対する想いだった。

 試しにと、アレスの顔をじっと見て想いを集中させる。


「(アレスさん、アレスさん、アレスさん)」

「ん? なんだ?」


「今、私のエネルギーどうなってますか?」

「今は、何もない」

「そう、ですか……」


「……アレスさんは、闇の魔王ですから……私の気持ちは誤魔化せそうにないですね」

「何を考えてるかまでは分からないけどな」

「あは……そうですか……正直に話しますね」


「……ちょっと待て。ごちゃごちゃ話されても何もわかんねぇんだ」


 アレスは麻里の額へ手を伸ばした。

 春のあたたかな風が、二人へと優しくそよぎ、髪や服を揺らしていく。

 太陽の光を受けてよろこぶ葉が、風を受けてさらに音をたててうたう。


「なぁ。今ならピンとくるもんがある……。ここの世界に来たばかりのときは魔力が使えなかったんだが……。

 さっき倒れてから何か様子が違ぇんだ。もしかしたら……魔力を使えるかもしんねぇ」


「え!? うそ、それって凄くないですか!?」


「ああ。もし使えたなら、な。麻里、さっき考えてたこと……あいつらのことな。もう一回考えてみろ」

「あ、はい!」


 どうしよう、それって凄いことじゃないのと、麻里は瞳を輝かせた。

 現実世界では起こりうるはずのないことが、もし、起こったら――。

 アレスが宙に浮くとか、手から何かビームが出てくるのかと、麻里の心はわくわくという気持ちであふれていた。


 少しして、麻里の額からアレスの手が弾かれたように離れた。


「おい麻里! さっきと真反対のエネルギーだぞ、何があった」

「え!? ごめんなさい、その、嬉しかったもので……!」

「は? 嬉しい? 何でだ」


「だ、だって目の前で魔力が見れたら凄いとか思うじゃないですか!」

「なんだそりゃ。俺様にとっては早く取り戻したい力なんだがな。

 いいからさっさとくれよ、さっきの闇のエネルギー」

「あ! はい、えと、さっきのこと、さっきのこと……」


「ふぅ……」


 再びアレスの手が麻里の額に触れる。


 麻里は日々の先輩達との出来事をひとつひとつ思い出していく。

 悲しい感覚が次第に戻り始めた。


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