~寮は男子禁制です~ ②

 アレスは瞳を閉じ、麻里から発せられるエネルギーを心地よく感じながら、アレスの心に映るものを視ていた。


「ほう……。なるほどな、ぞ。全部、そいつらが麻里を奴隷に仕立て上げてる感じだな。真面目な奴ほど役に立つものはない」


 アレスの言葉にはっとした。そうだ、その言葉が一番当てはまる。

 ドレイ。今の自分に似合う言葉だと、麻里は感じた。


「はい……否めません……」


「俺に仕えてた奴らに奴隷は山程居たが……。お前みたいなエネルギーの奴はいなかったからな」

「えっ」

「ま。俺の役割は平和な国を潰す役目だったのもある。平和な国の人間の下々の奴らのエネルギーの方だな、麻里のは」

「あ、はぁ……下々の……」


「しかし久々だ。麻里のエネルギーでほんの少しだが……エネルギーが取り戻される感覚はするぜ」

「そうなんですか? 流石、魔王アレス……」


 気がつけば、気持ちが晴れている。

 悪いエネルギーを欲するアレスのしていることが、ここではなんだか特殊な力を持つ善人のような気がして不思議な気持ちになった。


「ん……このエネルギー、何か臭うな……」

「え?」

「これを思ったんだが……」


 じっと、私の顔を見てくるアレス。


「これ、お前のエネルギーじゃねぇな」

「えっ? どういうことですか?」

「てっきりお前から出てると思ったんだがな……」

「え、え?」


 アレスは顎に手を添えた。魔王もそのしぐさで考え事するんだ、と麻里は意外なものを発見したような気持ちになった。



「ちょっと、麻里先生、百合先生、掃除は終わったの?」


 主任の飯田先生の声が少し離れたところから聞こえた。

 いけない、と麻里は気持ちを正す。


「あ! すみません、あと少しで終わります!」


「掃除が終わったら、今日はもうあがっていいから」


「はい、わかりました」


「それから……園長先生から頼まれたんだけど。麻里先生、しばらくの間……百合先生が元の百合先生になるまで、寮で一緒に住んでもらいたいみたいなのよ」


「はぁ、一緒に……え!!?」


 麻里の務める保育園には、職員用の寮が用意されており、麻里はそこに住んでいる。

 通勤が遠くて困る、という職員向けに少し値は張るが、コンビニやその他のお店に近いところにあるため、なかなか便利な物件ではある。

 ただ、それなりに規則はある。


「そんなおどろかなくても、女性同士だし何の問題もないでしょう? それとも麻里先生……男子禁制なのに内緒で男でも連れ込んでる?」


 男子禁制。これが麻里の住む寮の規則なのだ。もちろん、男性の職員であったとしても入れないという厳しい規則なのである。


「いいえ! それは絶対にありません」


 目の前にいる見た目が女性の百合先生の中身が、まさか男性とは気づくはずもなく。麻里だけが知る事実だった。


「なら、いいじゃない。いろいろと百合先生も記憶喪失みたいになってるし、麻里先生と一緒に補助やるなら、仕事も教えられるでしょうし、いいでしょう? じゃ、お願いね」


 麻里がわかりましたと返事をすると、飯田先生も忙しいのかそそくさと持ち場へと戻っていってしまった。そんな勝手な、と思いつつも、右も左もわからないアレスを一人にするわけにもいかなかった。


「あ? 何の話だ」

「えっとですね……しばらく、アレスは私の部屋で一緒に過ごしてくださいっていうことです」

「そうか。そこが俺様の城となるわけだな」

「いや、城じゃないですけどね。狭いですし」


「わかった。園長室みたいな狭さじゃなければいい」

「あはっ、それは無いです。2LDKでリビングもお風呂も和室もありますし……」

「あ゛? なんだ、それ?」

「えっとー……。とりあえず、一緒に見た方が早いですね」


 麻里は、日本の技術を全く知らないアレスに思わず笑みを浮かべていた。

 その後、アレスに眺められながら片付けを行った。

 片付けが終わるとエプロンを外し、荷物を持って退勤する。時刻は既に18時を回っていたが、保育室には子どもたちが元気よく走り回っていた。


子どもガキはいつもああなのか」

「そうですよ、お迎えが来るまで、待ってるんです」

「そうか。お迎えって、何のだ?」

「えっと……あの子たちの、お父さんやお母さんです。保護者の方が働いている間、私たちは責任をもって預かります。保護者の方のお仕事が遅くなった時は、たまに祖父母の方や親戚の方がお迎えへいらっしゃったりしますけど」

「……よくわかんねぇけど、子どもガキと親が離れ離れになってるっていうのはわかった」

「聞こえようによってはちょっとスケール大きくなりそうですけど、そんな感じです」


 少しの間、アレスは子ども達を眺めていた。その瞳は、魔王には似つかわしくないような、憂いをおびたような瞳にも見えた。


「行くか。麻里、人間の体は時間が経つと重たくなるんだな」

「あぁ、きっとアレス、疲れちゃってるんですよ。寮へ向かいましょう。案内しますね」


 麻里の少し後ろを歩くアレスは視線をいろんな方向へと移しつつ行っていた。静かになったと思えば突然「何だあれは!」と声を出し、麻里を驚かせた。

 そんなアレスに対し、かわいいなと、麻里はあたたかい夕風に吹かれながら笑みを浮かべた。

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