第6話 ~再プログラミング~

 真っ白だ。上を見ても、下を見ても、見渡す限り真っ白である。

 魔王アレスである彼の大嫌いな、真っ白な世界。

 アレスの体も、何もない。意識が、真っ白な世界に存在するだけ。


「やぁ、最凶の魔王くん、元気かい?」


 真っ白な空間に、男の明るい声がした。振り返るように意識を向けても、誰もいない。だが、アレスにはどこか懐かしい声だった。


「なんだよ、ここは。お前は誰なんだ……」

「僕はこの世界の主だよ。魔王くん、君が出ているゲームも、僕が作ったんだ」


「そうか、お前が俺を……」


 創ったのか、という気持ちと同時に、アレスは今の現状を思い出し、怒りが込みあげてきた。


「なぁおい! どうして俺は、見たことのない世界の、しかも女の体に入れられてんだ!? 元の体に戻せよ!!」


「何をおかしなことを! 魔王くん、君が“生きたがった”んじゃないか」

「は!?」


「だから、君が、あの世界のゲームに飽きたっていってたからだろう。

どうだい? 今の世界、生きていて楽しいと思うんだが」


「どこがだよ! 分けわかんねぇ世界に連れてってくれなんて俺は一言も言ってねぇってのに……!!」


「……魔王くん、何がそんなに不満なんだい?」


「魔術も使えねぇ、誰も恐れねえ身体じゃ生きてても何も意味がねぇんだよ」


「そうか。魔術が使えたら、魔王くんは毎日が楽しくなるのかい?」


「俺は元の世界に……!!」


「仕方ないなぁ、プログラミングしなおすから。ま、僕もこの作業は楽しいからいいんだけどね」


 そしたら、またね。と、主の声が消えた。


 アレスの身体が、熱くなった。




「……い! 大丈夫ですか!?」


 アレスが目を覚ますと、そこにはどこかの部屋の天井が視界に入ってきていた。


「……あ?」


「よかった……!! アレ……百合先生、心配したんですよ……!」


 声がした方をアレス見れば、そこには麻里の青ざめた顔があった。


「お前は……麻里か。ここはどこだ」


 背中に妙な弾力をアレスは感じていた。


「ここは職員室です、ソファしかなくてすみません……」


「ショクインシツ……。そうか、とにかく俺は意識が無かったんだな」


「はい……」



「ゆりせんせー!!」


 職員室に、幾人かの子どもたちがやってきた。


「だいじょうぶ!?」


「せんせい、ぼくのげんき、あげるよ!」


「あ! ずるいわ! わたしだってゆりせんせいに、げんきあげるもん!」


 子どもたちはアレスに向かって、はぁぁあ! と言いながら手を向けた。


 子どもたちが魔術が使えないとは分かるが、なんでそんな真似をするんだと疑問を抱くばかりだ。

 そんなに凄い女なのかと、アレスはただただ目を見開くばかりだ。


 そんな子どもたちの後ろの方から今度はアレスが見たことの無い女性が歩いてきた。

 胡散臭い顔だな、と彼は半ば嘲笑うように鼻を鳴らした。


「百合先生、大丈夫? ……須藤、あんたは、早く仕事戻んなさいよね」


「あ……すみません……」


「ほら、あんたたちも帰って」


「はぁーい……」


「うー……。ゆりせんせい、またねっ」


 子どもたちは落ち込んだ様子で部屋から出て行った。


 アレスは自分へ先生と呼んだ女性をじっと見つめる。


 懐かしい闇のエネルギー。それは、麻里の身体から感じるものであった。

 麻里はどうしてコイツの顔見たらそんなエネルギーを放つんだ、とアレスは不思議な表情で見つめていた。


「そしたら……百合先生、すみません、私先に掃除に戻ってます」


「おう」


 麻里は走って部屋から出て行った。


「なぁ、お前」


 アレスは女性へにらむように話しかけた。


「ちょ、お前……って、もう、園長先生達の話って本当ね。慣れないわ。

 私は植野うのよ。それで、何?」


植野うのか。お前は、アイツとどういう関係だ」


「え……須藤のこと? 一緒のクラスよ。役にたたないって、先生たちの間で有名じゃない」


「ほう、そうか」


「ええ。百合先生は、アイツのいいところをちゃんと主張していたみたいだけど。

 アイツも百合先生にはもっと感謝すべきだわ」


「ほう……。そうか……」


「ちょっと、百合先生どこへ!」


「……俺様も早くシゴトに戻らねぇと。お前がうるさいっていうことはよくわかった。ま……嫌いじゃねぇがな。お前のその想い」


 そのとき、植野が何か一生懸命言ってるようだったが、気にも留めない様子でアレスはその場から去った。


 アレスは、植野のエネルギーも嫌いじゃないが、麻里のエネルギーの方がよほど純粋で好ましいと判断した。

 そして、何故そのエネルギーを放つことが出来るのか。アレスはとても興味深かった。

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