第49話 ~ジッシューセーは面倒いぜ~

 勤務が終わった香菜と翔斗は、待ち合わせした後に夜景の見えるレストランへと食事をとっていた。


「それにしても、凄い先生がいるんだね」

「百合先生、よね……本当前はあんな感じじゃなかったんだけど……ちょっと変わっちゃって」

「へぇー、そうなんだ。何かあったの?」

「うーん……体調悪いとか聴いてたけど、記憶もどうとかって……」

「え! それってちょっと、体調悪いとかの次元じゃないよね」

「そうなの。まぁ、楽しいからいいんだけど」


 香菜は口元にスープをスプーンで運ぶ。翔斗はその唇に思わず瞳を奪われ、その自分に気がついた後に視線をゆっくりと外した。


「香菜が笑顔だと、安心するよ」

「ふふ。それも……翔斗さんのおかげだから」


 翔斗は胸の鼓動に意識を向け、実習が終わるまでは冷静でいたいと思うのだった。それと同時に、香菜を泣かせる男に対し許すわけにはいかないと、心の奥底でくすぶる感情をも今の香菜の前では隠すのだった。


・・・


 実習生が来るクラスの中は、いつもより騒がしくなることが相場だった。


「ねー! さえせんせー! いっしょにおにごっこしよーよ!」

「あいせんせー! ぼくたちといっしょにサッカーしよーよ!」


 というように、実習生を取り合う光景は珍しくはない様子。


「かなせんせー! あいつがさえせんせーとあそぶの、じゃまするー!」

「うんうん、待ってね、どっちが先だったのかな。お話聞かせて?」


 それによって子どもたち同士のトラブルは絶えず、香菜は仲裁に入ることに必死であった。


「なんかすげぇな、ジッシューセーってのは。俺の嫌いなエネルギーだらけになるぜまったく。はやく消え……」

「ちょっとーーーー!! アレッ、百合先生ったらもう!!! 本当、口が裂けてもそういうこと、言わないで下さい!」

「はん。うっせぇなわぁったよ」


 アレスが腕を組んで鼻を鳴らすと、アレスの服に力強くしがみついてくる子どもが。


「うぉっと、何だよ。あ、ミサキかよ、どうした」


 アレスが泣いている美咲へと膝を曲げると、実習生である沙絵が慌ててアレスの元へ掛けてきた。


「いちくんが、さえせんせいたちをたたくからおこったの。そしたらたたかれた……」

「はぁああ、おいそういう面倒いこと、香菜に言えよ」

「だってー……かなせんせいに、いえないよ。さえせんせいにもいったのにー……」

「さえ? 誰だそりゃ」

「もーう!! 実習生の名前! ですよ!」

「ああ、ジッシューセーな。へーへー。興味ねぇよ」


「す、すみません、なんか……」


 沙絵がアレスの言動からだろう、涙を浮かべている。彼には悪気はないものの、実習生である沙絵には痛く響く言葉だった。


「だ、大丈夫ですよ、水森先生! この先生、本当、体調悪いだけですから!」

「おい馬鹿言ってんなよ、俺はどこも悪く……」

「いーろーいーろーとーでーすーねー!!」

「いっでででで!!! おい麻里!! 耳痛ぇだろ!! 何すんだよ!!」


 麻里は反射的にアレスの耳をひっぱるのだった。


「これぐらいしないと、わからないんですから……!! そ、そうだ、水森先生は、どうしたんですか?」

「あ、あのー……。子どもたちのお話聴いてみたら、喧嘩って知って……お互い謝るのが大事かなって思ったんですけど、うまくいかなくて……」

「ああー!」


 その経験ならと、麻里は懐かしむように腕を組んだ。

 ぱっと見た印象では、この子どもが喧嘩を仕掛けた、受け取った、であっても、よくよくお互いの話を聴くと痛み分け、ということが多々となる場面が多いのだ。

 子どもは子どもなりの純粋な考えがある。ただその行動が、知恵を得るとともにあらぬ方向へと変わってしまう。

 その経験を痛いほどしてきた麻里は、感傷に浸る。


「それならですね……」

「あのな。沙絵、そんくらい気づけよ」

「え!? えっと……す、すみませんっ」

「お前だって、いきなり謝れって言われて謝れるのかよ」

「えっ、それは……」

「ちょ、百合先生!」

「うぅ……すみません……」

「大丈夫ですよ、水森先生! 私からも、アドバイスしますから、一緒にがんばりましょう!」


 麻里は小さなガッツポーズを沙絵にするが、どこか悲しい表情が抜けない沙絵だった。その表情を見て、麻里はアレスをじっと睨む。


「んだよ」

「ほんっとう、こういうこととなると鈍感なんですから」

「褒め言葉かよ。変な顔して言うんだな麻里はよ」

「ちーがーいーまーすー」


 いろいろとピンと来ていない様子のアレスへ、なんとか口元を上げるしかない麻里だった。

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