第50話 ~お前は虎太郎っていうんだな~ ①

 飯田は外海大学の実習担当である翔斗の姿を思い出しては羨ましいという思いでいっぱいになり、ため息をついた。


 うちのバカ息子は――。


「飯田先生、ため息ついてたら幸せが逃げるわよ?」


 その凛とした声は、園長だった。


「あ……。いけない、私ったら」

「もしかして……息子さんのこと、思ってたんじゃないの?」

「あー……あはは、流石園長先生です。なんでもお見通し、ですよね」

「もう、いくつになるんだったかしら」

「えっと……今年で23歳になりますね……。いつになったら、あの反抗期が終わるんだか……」

「23、か。息子さんをいい大人って、思ってるんじゃない?」


 園長の言葉に思わず目を見開いた飯田。


「え!? だ、だってそう思いません!? 歳がそう違わない日下部先生を見ていたら、ああ、どうしてあの先生みたいに育たなかったんだろう、って……はぁあ……」


 飯田が盛大にため息をつくと、園長はふふ、と笑う。


「若いのは私からみれば皆若いわよ。まぁ……死ぬまでに、いろいろ気がつけばいいんじゃない? 気長に、待ってみましょ」

「園長先生……」

「いろんな人が居て、いいじゃない。例えばほら、今の百合先生見ていたら、最初は許せなかったけれど、なんだか……悪くないかもって、思ってしまいそう」

「ああー……確かに、ですね」


 二人は今の百合を思うと、思わず笑みがこぼれるのだった。


 ま、そう思えばうちの虎太郎バカ息子も悪い子じゃないし。と、小さく息を漏らしたのだった。


「久々に……連絡でもしてみようか……」


 ・・・・・


――虎太郎さん、お願いです、助けてください……――!!


「なんで、なんで……!!」


 虎太郎は仲間からのただ事ではない音声通話を終えた瞬間、すぐに家を飛び出した。


「へ、ふぇ、ぶぇっっっくしょぃぁああ!!!」


 陽を受けて光る愛用のコバルトブルーの750ccバイクにまたがろうとした瞬間、力いっぱいのくしゃみが出たためバランスを崩しそうになっていた。


「ったくだれだよこんな時に……! 俺の噂かー……?」


 エンジンを吹かし、不安を消し飛ばすように唸らせる。


 薫さん――!!


 虎太郎はバイクの速度をギリギリまで上げるため、全身全霊を込めるのだった。

 信号機の待ち時間が彼にとって、恐怖と不安を煽るもの以外なんでもなかった。


 海沿いの見慣れた工場の廃墟へたどり着いた時、虎太郎は妙な感覚を覚えはじめていた。


 通話でのただならぬ雰囲気。


 総長の行動がどうか、仲間を助ける行為であってくれ。


 デジャヴに感じる、あの日の出来事。

 虎太郎がいつも夢に見るあの風景が、嫌でも蘇ろうとしている様で。


 虎太郎が仲間のいる廃墟へとたどり着く。

 その目の前の光景に、血の海とはこういうことなのか、そして爆愛皇飛の終わりなのではないか。そう思ってしまう程、仲間達の顔や腕、そして体中から出血の跡が見えていた。


「こ、たろう、さん……!」


 足首を捕まれ、驚いて下を向く虎太郎。

 そこには砂埃にまみれた、なけなしの力で自身の足首を掴む仲間が倒れていた。


「おい、大丈夫か!」


 その側では、空気さえいとも簡単に凍らせてしまいそうな雰囲気を漂わせた総長である薫が瓦礫の山に体重を預け、タバコを吹かせていた。

 虎太郎が来たと分かると、瞳だけ虚ろに虎太郎へ向かせた。


「薫、さん、一体――!?」

「んだよ、虎太郎――。お前は呼んでねぇだろうが……」


 今まで見たことの無いような虚ろな瞳と、低く唸るような声に、虎太郎の体中に恐怖が稲妻のように走り、我が身にただならぬ危険を察知しているのがわかった。


「す、すいやせん……でも……! なんで、こんなことに……!」

「あー……どいつもこいつも全然役にたたねぇんだよ……。あぁ。そういえばお前のお袋、ガキ達の先公だったよな」

「え……!?」

「そうだなぁ、ははっ。……お前が一番適任かもな。アイツのことが分かるのは。アイツ、今違う男と逢ってるみてぇでよぉ。どこのどいつなのか知りてぇんだよ」


 まさか。


 虎太郎は張り詰めた空気に呼吸が浅くなり、脳内の思考が停止しそうな中、自分の母親の存在を出された時に、気がついた。


 まさかそんな。


「あいつはあいつの道を進むって言ったんだ。応援しねぇのは男じゃねぇよ。あいつが困って、またすがりたくなった時は……また迎えりゃいい話しなだけだ」と、薫の過去の言葉がリフレインする。

 仲間達を抜群に魅了してきた薫のあの眩しい程の笑顔はどこへ行ってしまったのか。


――薫さんは、香菜さんをまさか――。


「お前にしか頼めねぇ。なぁ、頼むよ」


 薫の目には、光などというものは宿っていない。

 虎太郎は震えて止まらない唇を強く噛み締めた。


「それは……! できねぇっす――!!」

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