第35話 ~運動会の後はたくさんのほめ言葉を言えるチャンスだったりする~
運動会も閉会式を迎えた後、焼き付くような日照りの中で応援していた保護者や来賓の人々は運動会が終わるとそそくさと帰り支度をして帰って行く。
その中で、係である保護者は保育士達との後片付けという仕事が待っていた。
「年々、手伝ってくれる人たちが減ってるわね」
「まー……。皆さんも仕事のおやすみの日に来てくださってますしね」
園長が片付けをしながら現代の不満を保育士に小さく声に出す。それを主任の飯田や保育士達は苦笑するように応えつつ、後片付けをしていく。
アレスが長時間打たれ続けていた熱気のせいあって、少しぼうっとしていた頃。
「百合先生っ、お疲れ様でしたっ」
アレスの頬に冷たい感覚がして飛び退いた。
「ひ! え!! んだよ!」
「あっはは、驚きすぎでしょ百合先生。どーぞ。潤してください」
アレスに渡されたものはプルタブ缶のジュースだった。
「これ……」
「百合先生には何かとお世話になりましたからね。今回のこと……那奈ちゃんの件に関しては、やっぱり百合先生だなって思いましたよー」
「は? あ?」
「まったく、後輩が先輩褒めるって凄いことだと思うんですけどね?」
「何言ってんだよ、意味わかんねぇし」
「まっ、とりあえず。本当にありがとうございました」
若菜は笑うと灼熱の名残のある運動場の片付けへと加担していく。
アレスは若菜の後ろ姿を眺めて、そのままプルタブ缶を持って立ち尽くしていた。
「あれ? アレスさん差し入れもらったんですか? よかったですね」
「おぉ、麻里。なぁこれ何だ?」
プルタブ缶を困った表情で麻里に差し出して見せるアレス。
「あー、アレスさんこれ初めて見たんですね。ジュース……えっと、飲み物ですよ。後で寮に帰った時にでも飲みましょう」
「そうか。じゃ、ちょっとココに置いておくか。妙に重てぇ」
アレスは大人しくジュースを荷物置き場に下ろした。
周囲にはまだ、荷物をまとめて帰っていく保護者の姿が見える。
「なぁ。あいつら先帰ってんぞ、俺も帰りてぇ。何で俺達は駄目なんだよ麻里。俺は帰りてぇ」
「もう、だーめですって! 私達はそういう仕事なんですから! ね、アレスさんほら、あと少しですからっ!」
「かーえーりーてー!」
「しー!!」
「ちょっと」
麻里とアレスは最近覚えたての声に驚いて振り返る。
そこには野河が眉間に皺を寄せて立っていた。
「んだよ、ガン飛ばして何かあんのか」
「ちょ!! アッ……百合先生どうしてそんな喧嘩腰なんですかもう!」
「ふふ、ガン飛ばすとか久しぶりに聴いたわ。悪いわね、ちょっとまた頭痛がしてるの」
「あ……。体調、やっぱりまだ本調子じゃ……」
麻里は野河の様子が、以前よりとてつもなく柔らかくなっていることに改めて驚く。
「ねぇ、そんなことよりも教えてくれないかしら。あなた達、一体あたしに何を……?」
「お前はただ化け物に取り憑かれ……」
「ちょーーー!! もう、そういうドラマの見過ぎなの、や、やめましょー!」
麻里は両手をあたふたと、これでもかという程振っては野河の注意を惹き付けている。
「んだよ邪魔すんなよ!」
「だって野河先生にドラマの話したって一緒ですよねー!」
必死ではあるが完全に棒読みで言う麻里にアレスは呆れ、野河は完璧に口元が笑っていた。
「あっはは。何だかあなた達いいコンビね。そう、今の百合先生はあたしの何かを解決してくれたってことね。ありがとう」
「野河先生……」
麻里が優しい気持ちが溢れている野河にただただ驚いていた。
「あと。あたしそういう取り憑くとかそういう話、結構好きよ」
“キュー……”
アレスの瞳が一瞬紅くなり、野河の肩を見ると、そこには小さくなった子狸が尻尾を振っていた。
あぁ、お前。そいつの事本当に好きなんだな。
野河は麻里とアレスに踵を返すと飯田達の元へと歩いていき、共に片付けの作業を行っていた。
アレスはそんな野河を見て、ほぉ、と一言。
「どうしたんですか、アレスさん」
「いや、どうして化け狸がアイツに取り憑いてたのか分かった気がしたぜ」
「え……!」
「なんっつーか、居心地じゃねぇかな。奴の身体を城にしてたんだろ」
アレスは納得したようにその場にしゃがみ込み、それに麻里は慌ててアレスの腕を引いて起こそうとした。
居心地――。
城――。
アレスの頭の中で、何か響くものを感じていた。
「ちょ!! 何かっこつけて堂々と休憩かましてるんですか! ほら! 行きますよ!」
「俺のシゴトは終わった。後は麻里やってくれよ」
「はぁああ!?」
麻里とアレスの声が、両親と手を繋いで帰り行く那奈の耳にも入ってきて思わず足を止める。
「那奈、どうしたの?」
「アイツ、ほんっと……。おもしろい」
「あいつ?」
「なんでもなぁい」
「そっか。ねぇ那奈、今日は何が食べたい? 那奈がすっごく頑張ってたから、お母さん、那奈が好きなお料理作りたくなっちゃった」
「ほんとう!?」
「おぉ。よかったな、那奈」
那奈の父親は優しく那奈の頭を撫でると、那奈の元へとしゃがみ込みそのまま肩車をした。
「わ! すごーい! あ! あたし、ハンバーグがたべたい」
父親に高い高いとしてもらってニコニコといろんな方向を見て笑う那奈からは、嬉しさが溢れていた。
そんな幸せそうにしていた家族が居たということは麻里やアレス達はつゆ知らず。
麻里は周りの保育士や保護者の視線を気にしつつ。仕事をさぼりたい、ということでしゃがみ込んだアレスを立たせるのにかなり苦労したのだとか。
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