第32話 ~晴れ渡る空の下で~ ①

 蝉の鳴く声がうっとおしく感じるが、季節なので仕方がない。


 赤チームの子ども達は野河がやってくるのを見て緊張が走る。


「ね、きたよ!」

「わ! はやくきれいにならんで!」


 小声も集まればうるさいもので、近くに居る来賓の人々の視線が集まる。とうとう、野河が目の前にやって来た時は子ども達もあまり目をあわせないようにとうつむき加減でしんと静まり返った。


「どうしたの、皆顔色悪いよ?」


 誰の声?

 そう言わんばかりに子ども達は野河を見上げた。


「相手は百合先生と若菜先生のチームだからね。勝つよ!」


「え、え?」

「のがせんせい?」


「ほら、ほら。始まるから! 皆、割られないように頑張ってよ」


 笑顔で大きく言うものであるから、子ども達は戸惑い始めた。


『4、5歳混合の紅白チームが、お互いの足元に着いた風船を頑張って割ります』


 放送席から送られるアナウンスと共に、晴れ渡る空の下、アレス、麻里、若菜、そして野河が現れた。その後を、紅白のチームの子ども達が列になって登場してきた。


 運動場内にはそれぞれのチーム用に白線が引かれており、そこに次々と立って並んでゆく。


 麻里は深呼吸をしてアナウンス用の紙を握りしめていた。


「スムーズに言える、スムーズに言える」


 歩きながらぶつぶつと声に出していると、背中を突如バンッと叩かれヒィッと驚いて視線を向けると、そこにはいたずらに笑ったアレスが居た。


「麻里、お前すげぇ顔」

「な! なんですか! 緊張してるんですから!」

「別に命落とすわけじゃねぇんだからさ。そんな顔すんなって」

「そうよ、経験、経験っ。ほら、皆ビデオ構えて見てるから頑張って」


 若菜に笑顔でゆるく小突かれふらりと後ろへ身体の重心が動く。


「それ逆にプレッシャですからー……! はい、はいっ! 頑張りますよもうっ」


 麻里は放送係にマイクを手渡され、深呼吸をする。


『え゛、えと、これから風船割り合戦をするチームの紹介をします』


 最初の声はともかく、震えつつもなんとか説明をしようとする麻里。


『赤チームは、野河先生が率いています。強そうですねーぇ』


 少しずつ早口になっているのが分かるが、それでも一応説明は続く。


『白チームは若菜先生とアレ……ゆっり!! 先生が率いていま、す』 


 これに吹いたのは若菜だった。


「麻里先生頑張ってー!」

「おい緊張しすぎだろ麻里」


 助け舟を出すように、麻里を呼ぶ若菜。アレスはやれやれという表情である。それにつられて、赤、白チームの子ども達もそれぞれ麻里へがんばれと声を出す。


 那奈は、放送を聴きつつも、緊張から手を強く握りしめていた。


『ありがとうございます。すみません、緊張してて』


 会場に、温かい笑い声がぱらぱらと響く。


『このゲームは、3回勝負です。赤、白、まずはどちらが勝つか! 皆さん、応援をお願いします! では、用意!』


 麻里はピストルを高く掲げる。


 飯田と園長は席で熱く見守る。



 パンッ!!



 乾いた音と共に、白線から地を蹴って子ども達は声をあげてぶつかって行った。


「どりゃぁああ!!」


 那奈は練習の時から風船が怖いということを子ども達から学ばれてしまっているため、一気に標的となった。


「きゃ! こないでよぉ!」


 怒りを交えつつ叫ぶ那奈。


 バンッ!!


 一回戦、那奈の足元の風船はいとも簡単に敵チームに割られてしまうのだった。


 その姿を見て、アレスはまじかよと反り返っての落胆。若菜も同じポーズでショックを受けていた。


「ったく、那奈、割らねぇと意味ねえだろ!」


「うるさぁい! もうっ!」


 那奈はアレスの声を払うように砂を蹴飛ばしながらチームの白線へと戻って座った。

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