第5話 ~園長室は狭いし箒とちりとりってなんだよ~ ①


 園長室とは、子どもたちが過ごす教室と比べると狭く、個室というこじんまりとした場所だ。ここへは子どもたちも出入り自由となっている――。


 園長室のソファに、あぐらをかいた魔王。

 何故今この老婆に怒られなきゃならねぇ事態になってんだ。

 彼は納得のいかない様子で舌打ちさえもしていた。


「どうしたっていうのよ! ここの園では優秀さでナンバーワンといっても過言ではなかったあなたが!」


 何が優秀なんだ、魔王は怒りを込めた瞳で園長に鋭い視線を向ける。


「あのな、俺だって知りてぇよ、気づいたらここだったからな」

「は!? あなた何をしらばっくれて……!」

「ねぇ、百合先生、本当にどうしちゃたの? 人が変わってしまったみたい」


 園長の隣に座る、中年のあたりの女性保育士が魔王を憐れむように見ていた。彼女は、この園の主任にあたる立場の飯田であった。


「おまえは誰だ?」


「この……!! も……だめですね……。飯田先生、私は彼女を解雇するしかないかしら」

「……。そうしたいお気持ちもよく分かりますが園長……。これは少しおかしすぎませんか。彼女にしては、かなり別人です」

「そうね……。それも分かるわ」

「今朝までは、確かに彼女のままでしたよ。笑顔で挨拶していましたし」

「ええ……」

「それに、園長先生。今は子どもたちの規定人数より、保育士が少ない状況です。更に一人減ってしまうと、色んな面で……園の存続にも響きます」

「そうね……もし、この園が閉園なんてことになったら……嫌だわ、考えたくもない」


 ただでさえ少ない保育士でやりくりをしている中での、優秀な人材が強制的に一人減ったと分かった園長と主任の二人は深刻な表情をせずにはいられない。


 少しして、はっと顔をあげた飯田。

 何かを決めたような目になって、百合の姿をした魔王を見た。


「あ? なんだよ」

「人手不足は否めないわ。あなたがまた、元の百合先生になるまで、待ちましょう」

「は?」

「ええ。百合先生、あなたはしばらく雑用からよ」

「は!? 雑用ってなんだよ! 俺をここから出せ!!」

「はぁ……。百合先生、あなたまず、“私”からね。嫌なら、“自分は”でもいいから」


「はぁあああ!?」


「飯田先生、ちょっと悪いんだけど、麻里まり先生を読んできてくれる?」

「はい」


 飯田は園長室から駆け足で出ていく。


「話は終わりよ。雑用の仕事は麻里先生がやってるから。あなたも一緒になさい」


 魔王がしばらく待たされた後、飯田ともう一人の女性保育士である、麻里が現れた。


「失礼します」


 部屋へ入ってきた麻里は、魔王の魂が入っている百合と目があった。


「麻里先生、早速で悪いんだけど、しばらく百合先生と一緒に雑用の仕事お願いね。あなたがこなす仕事や掃除する場所を、百合先生と一緒にしたらいいわ」


「は、はい……。わかりました」

「お前は誰だ」

「あ、えっと……私は、須藤麻里といいます」

「そうかよ」

「あのっ、よろしくお願いします、百合先生」

「ふー……。あぁ」


 麻里は異常事態となった雰囲気に初めはあっけにとられていたが、会話を終える頃にはこれまで感じることのなかったあたたかな気持ちになりつつあった。

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