第33話 ~決戦~

 3回戦。最後の戦いに向けて、赤組、白組がそれぞれの持場の白線へ一列に並んで向き合う。


 赤組の子ども達の背中に立つ野河。

 野河の目の前の、皆の背中が震えていることに気がつく。


「ほーら! 皆、次で最後! 思いっきり、割ってきなさい。やっちゃいなさい!」


 野河の普段聞き慣れない言葉に笑う子どももおり、それを制する子どもも居るが、至って野河の表情は穏やかだ。


「あは、は……」

「お……!」

「あはは、おぉ!」

「おぉー!!」


 野河が子ども達に声を掛けると、一斉に笑い声と共に声を上げた。野河は赤組の子ども達の背中とそして、那奈を見つけた。


 練習中の記憶がはっきりとしないが、那奈へ何故か申し訳ないという気持ちが強くこみ上げて来ていた。


「那奈ちゃん……頑張って……!」


 この言葉が出てきてしまう原因が、今の野河には全くわからなかった。



「最後よー! 頑張って!」

「皆、頑張れー!」


 園長と飯田も、野河や那奈の様子、そして“百合”の様子の変化による気持ちの高まりに席から立ち上がって応援する。

 

 麻里は司会の仕事に打ち震えながらも、なんとか次の決着で終わると思うと安堵すると共に、那奈を見つめていた。

 深呼吸して、マイクを口元まで近づけた。


『それでは、次の戦いで最後になります。赤組さん、白組さん、準備はいいですか?』


「おー!!」


 一斉に子ども達の声が上がり、麻里は大きく息を吸う。


『では、3回戦を行います! 用意!』


 子ども達は滝のように流れ出ている汗をも気にしない様子で、構える。


 那奈は、拳を強く握りしめていた。


 パンッ!!


 最後の戦いがピストルの音と開始され、一斉に走り出す子ども達。


 那奈は少しスタートが遅れ、追うように走り出す。


 こわい……でも、おかあさんが、みてる――。

 みてくれてる――。


 那奈の側まで、赤組の年長である男児が走って来た。


「うりゃぁああ!! わってやるー!!」


 こわい、けど、ここまでがんばった――。


 あたし、がんばったよ――!



 アレスは腕を組んで那奈を見つめている。


「ここまで来たんだからな!! 割れ!! 那奈!!!」

「お、おぉ……!」


 その言葉に、アレスの隣に立っていた若菜が仰け反る。


「うるさいなぁ……」


 那奈は呆れた顔をしたかと思うと、思い切り耳を塞いだ。


「あたしだって……! あたしだって!! がんばったんだからぁあああ!!!」


 今までにない大声を出した那奈。

 その声に赤組の年長の男児は驚き、うろたえた途端、足元がとたんにもつれた。


 そして、そのままバランスを崩した男児は、那奈に勢いよく倒れ込んだ。


「きゃ!!」


 二人で倒れ込み、その回りの子ども達は驚いて距離をとる。


 自然と、外側の子ども達へその不穏な空気は伝わり、全体の動きが止まった。


「那奈ちゃん、大丈夫!?」


 野河は過去のリレーで起きた惨劇の記憶がフラッシュバックし、蒼白して那奈の元へ走りだしていた。



「いった……!」


 那奈の足にうつ伏せになるように男児の身体が乗っていた。


「ご、ごめんね!!」


 男児は慌てて立ち上がるが、那奈の顔は痛みと悲しみに満ちて涙が流れていた。右足が、倒れ込んできた男児のクッションになってしまった衝動で地面にすりむき、膝から下にかけて血が滲みだしていた。


「ななちゃん、ごめんね!」

「…………!」


 おろおろとする男児へ、那奈は黙って腕で流れる涙を拭って、睨む。


「ご、ごめんね、だいじょう……ぶ?」

「ほんと、まじ!! なにすんの!! いたいじゃん!!」

「えっ……」


 那奈の足が思い切り振り上がる。

 男児は、え、という表情で固まったまま、那奈を見る。

 那奈の表情の恐ろしさに、男児は野河の恐ろしい表情さえも思い出す程震え上がっていた。


 どこか様子の違う那奈を見て、駆け寄っていた野河はすぐに足を止めた。



「ほぉ……」

「ほぉって、何言ってんですか百合先生、近くに行かないとやばいんじゃ……」

「黙ってろよ、今凄イイとこだぜ」


 若菜がうろたえてる隣で、アレスは那奈をしっかりと瞳で捉え、そして口元を釣り上げた。


「やれ、那奈――」




「ふんっ!!」


パァンッ――――!!



 蝉の鳴き声が活発に活動する中、

 運動場の中心で、傷つきながらも、那奈の本来の目的を達成できた祝福の音が響き渡った――。

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