第40話 ~ここの3歳児は多くて2クラスあるんだってよ。な、香菜。~

「ちょっと、大丈夫ですか!?」


 麻里はアレス達の元へ掛けるとクラスを見回す。担任である、村上香菜が居ない。


「香菜先生……一体、どこに……!?」


 麻里達の元へ、バタバタと足音が聴こえてきたかと思えば、担任がやっとのことでクラスの入り口へと掛けてきた。


「はぁっ、泣き声が聴こえたけど、皆大丈夫……って、え!? 麻里先生、百合先生……? ちょっと、何があったの!?」


 入り口に持たれつつ、息も絶え絶えにクラスの中や麻里達へ視線を移す。


「美咲ちゃんが、腕を噛まれて……」

「え!!?? 美咲ちゃんが、噛まれた!!?」

「喰いちぎられてはねぇから安心しろ」

「ちょっと! 百合先生その言葉!」


 アレスと麻里のやり取りのところはかろうじて聴いていなかったのか、表情が青ざめていた香菜は、吸い込まれるように美咲の元に駆け寄ってしゃがむと腕を見る。


「一応、冷やすとこまではしていますから……」

「そうなのね……! 麻里先生ごめんね、ありがとう……! 美咲ちゃん、先生、止めてあげられなくてごめんね……! 誰がした、の?」


 美咲は香菜の顔を見ると、視線が泳ぐ。黙ったまま首を振った。


「ねぇ、お願い。誰かわからないと、噛んでしまった人だけじゃなくて、美咲ちゃんみたいに噛まれてしまった人も、守れないの」


 美咲は口を開こうとはするが、また固く口を結んでしまい、泣き出しそうな顔でうつむく。


「美咲ちゃん……」

「瑠美ちゃんの話では、良治くんが噛んだとは話してるんですけど、当の本人がずっと黙ったままで……」


「おれじゃねぇよ!」


 良治が麻里へ叫ぶが、アレスに睨まれると黙った。


「そう……麻里先生、ありがとう」

「いいえ、でも、その……香菜先生、一体どこへ行っていたんですか……?」


 こんな状況にクラスにいない担任は非常識なのではと言わんばかりに麻里の目は少々ではあるが怒りを隠しきれずにいた。相手は麻里より4つ年上の先輩ではあるが、だからといって許されるかといえば話は別だ。


「ごめんなさい……。ちょっとね……あって……」

「お前な。ちょっとね、じゃねぇよ」


 低いアレスの声にギョッと驚かされる麻里と香菜。


「わ!? も、もうちょ、百合先生、言葉!」


 麻里は慌てて、「お前じゃなくて、香菜先生ですから!」とアレスの肩を掴んで身体を揺さぶる。


「ちょ、ヤメロよ麻里! だって、よ、そいつ、えっと、わ、麻里ヤメロって。だからっ!」

「あっ、すみませんっ」

「香菜の顔色、明らかに悪いじゃねぇかよ」

「えっ……」

「な……」


 アレスの言葉に麻里と香菜は固まる。先程まで泣き声と喧嘩の声で溢れていたクラスだったが、アレスの言葉に子ども達は香菜の側へ寄る。


「かなせんせい、だいじょうぶ!?」

「ほんとう、げんきないね」


「かなせんせい……だいじょうぶ?」


 香菜の一番近くに居た美咲がやっと言葉を口にする。泣き出しそうな顔に、香菜もこみ上げてくる涙に、静かに指先で拭っていた。


 その時、着信音がどこからともなく鳴り、その音に驚いた麻里は慌てて保育着のポケットに手を突っ込むと、音を止めた。


「いけない、携帯入れっぱなしだった」

「いきなり何だよびっくりするな」

「あはは……、多分迷惑メールだと思います。驚かせてしまってすみません」


「かなせんせい?」

「どうしたの?」


 子ども達の言葉に恐怖が入り混じっているのを感じたアレスはすぐに麻里から香菜へ視線を移した。


 香菜は、耳を塞いで完全にうずくまって震えていた。


「え!? 香菜先生!? す、すみません、耳障りでしたか!?」


 麻里は慌てて香菜へ寄ると背中をさする。震え方が、尋常じゃない。


「違うぜ麻里。安心しろ。今は香菜の側にしばらくいてやれ」


 植野の件、そして野河の件から、かなりのエネルギーを吸収していたアレスの身体。


「え、え? 百合、先生? ……まさか」


 麻里は震える香菜の背中をひたすらさする。


「ああ、香菜は、そうみたいだ。これはただの恐怖じゃねぇみてぇだしな」


 そのアレスの瞳には、まだはっきりとではないが、それなりに彼の好物のものが“視える”ようになっていた。

 香菜の体中には、禍々しいエネルギーの鎖のようなものが、がんじがらめに縛り付けられていたのが分かった。


 そのエネルギー体に、そっと手を伸ばして触れたアレス。


「ほう……。ま、詳しいことはまた後で聴くか」



「なになにー?」

「どうしたの、ゆりせんせー。なんかかっこつけてない?」


 状況が全くつかめていない子ども達はアレスの足元にまとわりつく。


「うっせ、離れろ、俺様は忙しい」


「けちー」

「おれしゃまは、いそがしー。まねしよーっと」


「うっせぇなお前らはよ! じゃあな!」


 アレスはドスドスと足音を鳴らしながら教室を後にした。




・・・・・


 久々のあとがき☆彡


 保育園、幼稚園によっては年齢の人数が大きく偏った場合、クラスを2つに分けて保育を行っていくそうです。


 ちなみに、アレスと親友(こら)である輝は三歳。

 今回の2クラスある1つが輝のクラス、もう1つのクラスが今ここ、ということになります。


 ではでは! 引き続き物語をお楽しみいただければ幸いです!

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