以心伝心よりキャッチボールがお好み
第39話 ~痛えだろ!~
運動会は終わり、子どもや職員たちに平穏な生活が戻っていた。
「なぁ麻里、いつまで俺様はほうきとちりとり持ってこんなことしなきゃいけないんだよ。まだアツイしよぉ」
アレスは1日に1度はかり出される掃除に嫌でも慣れてきたようで、足元のゴミ袋の中身も以前は軽く、風に吹かれたとたん袋が舞うようなことが多々あったが、今では重みを感じる程の上達ぶりとなっていた。
「まぁまぁ……。でも、前より上手くなったじゃないですか。それにもうすぐ10月に入りますし、もう涼しくなりますよ」
「うっせえっ。俺様が下手くそみたいな言い方するなよ」
頬をふくらまして言うアレスに思わず吹き出しそうになる麻里。
「っはい、はい。何だか表情豊かになりましたね、アレスさん」
「意味わかんねえこと言うなっての。ったく!」
そんな二人が他愛のない平穏なやり取りをしているときだ。
「だめだよ!! こっちこないで!!」
「きやぁあああ!!」
急に教室の方から子どもたちの悲鳴が聴こえてきたのだ。
「おっ、なんだなんだ?」
口元を緩く上げたアレス。興味津々に声がした教室を見た。
「ちょっとアレスさん! 子どもたちの喧嘩ですから。先生も居ますし私たちは掃除に集中しま……」
「いだぁあああい!!」
尋常でない声がし、驚いたのは麻里だった。アレスと目を合わせると、アレスにニヤリとされ嫌な予感がする。
「なぁ、少しだけ、な? 掃除道具持ったままだったらシゴト放棄してることにもなんねぇだろ?」
「えー……!」
月日が経てばこちらの世界のずる賢い生き方も学んでしまうようで。麻里は「仕方ないですね」と小さくため息をつく。
「少しだけ、ですよ。本当に」
「そうこなくちゃな」
麻里は楽しそうなアレスにヒヤヒヤしながらも声のした教室へと急いだ。アレスは興味津々のため足も早く、教室の前に着く頃には麻里を瞬時に追い抜いて、扉の前にしゃがみこむ。麻里へ「こっちこいよ」と手招きをしているしぐさからして完全にアレスは楽しんでいる様子だった。
アレスの様子とは裏腹に、教室の中は泣き声でうめつくされていた。先生はどうしたのかと麻里は不思議に思い、隠れるわけにもいかず、とうとう教室の中を覗いた。
「あ、れ……」
先生が誰もいない、と麻里の言葉にアレスもつられるように立つ。
「美咲ちゃん!? 大丈夫!?」
麻里が血相を変えたように急いで教室の中へ入って行く。
「なっ、どうしたんだよっ」
「腕を、噛まれてます……!」
「いたいよぉ……!」
アレスは何事だと、持っていたほうきとちりとりを廊下に投げ出して麻里のそばに寄り、麻里に支えられた美咲の小さな腕を覗き込む。その小さな腕には子どもの歯型がくっきりとついていた。
「痛かったよね、美咲ちゃん……! 冷やさないと」
「……んだよ、ちゃんと腕あんじゃねえかよ」
「は!? ありますよ! 何言ってるんですか」
「噛まれたとか言うからドラゴンとかそのあたりか!? 食いちぎられたのかってよ」
「アーレー……す、じゃない、百合先生ったら! ってそんなこと言ってる場合じゃなかった、冷やさないと……! 美咲ちゃん、一緒に冷やしに行こう」
「うん……っ」
麻里が美咲を連れて水道へと走るのを眺めた後、この世界に人間に噛みつく生き物が魔物以外にいることが不思議でならないアレスだった。アレスの住んでいたゲームの世界では魔物と飼い犬あたりが人間に噛みつけるシステムを持っているためだ。
「犬……いねえしな。一体ミサキは何に噛みつかれたんだよ」
アレスは周りを見渡すが、その教室に生き物は人間以外いなかった。ただ、周りを見渡していると、ひとつ、小さなエネルギーがふわりと見えた気がした。
「あ?」
一瞬であったが、すぐに子ども達の中に紛れて消えてしまい、アレスは首をかしげる。
「何だったんだ……?」
「ねえ! いっちゃんがわるいんだよー!」
「はあ!? なにいってんだよ、るみ! おれ、なにもしてねえしっ!」
アレスの近くでいっちゃんと呼ばれた男の子と、るみと呼ばれた女の子が言い合いをし始めていた。
「おまえら何モメてんだよ」
「ねえゆりせんせい! いちくんがやったんだよ! みさきちゃんに」
「イチ?」
「そうなんだね、瑠美ちゃん。ねえ、美咲ちゃん本当? 腕噛んじゃったのは良治くんなの?」
「……」
「美咲ちゃん?」
麻里は美咲の腕についた噛み跡を冷やしながら問うが、美咲からの答えは返って来ないどころか、うつむいてしまう。
「ねえ。良治くんなの……?」
麻里が良治を見るその目は鋭い。
「おぉ、麻里珍しく怖い顔してんな……!」
「怒ってるんですから当たり前です」
「うるせえな!! オンナはだまってろよお!」
良治は勢いよく両手を伸ばして瑠美を突き飛ばし、その身体はアレスにぶち当たる。
「きゃあ!」
「ってえな!! 何すんだよイチ!!」
アレスはよろけた瑠美を支えて鋭い瞳を良治に向けたが、良治はその視線からするりと逃れると腕を力強く組み、口を固く結んだ。
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