いじめられ系保育士~その名は麻里~

第3話 ~俺は闇の魔王だぞ!~


「あんたさー。ほんと、ちゃんと仕事してよ」


 その言葉に、心がぐしゃぐしゃになり、小さく丸まっていくのが分かる。


「す、すみません……っ」

「いや、すみませんじゃなくてさ、あたしの話ちゃんと聴いてる?」


 30人以上の子どもたちに対し保育士4人で組み、日々を過ごす2歳児のたんぽぽ組。

 「すみません」と連呼している背の低く若い保育士は、須藤麻里。新卒で入ったばかりの新人である。

 仕事を覚えるにも、現代の保育士は忙しさにストレスが溜まり、新人に“教える”ことが出来る先輩はかなり少ないという。


 最悪の場合、もっと細かいところに気がつけ、見て覚えろと言われる職人扱いされる始末だ。何に気がつけばいいのか、何のためにそれを行うのか。

 ただただ、先輩に怒られないために、仕事を覚えようと頑張る。


 しかし、麻里の場合は高いハードルを強いられるがために仕事がうまくいかない日々が続き、挙句の果てには彼女の名前すら呼ばれなくなっていた。


「これ、アレルギーの子が食べたら危ないって分かってんの?」


 それは、麻里がおやつの準備をしているときに起きた。


 食事やおやつの際、どの子どもがアレルギーをもつかを知っておくのは鉄則なのだ。アレルギーの子ども用の皿と、おやつを用意するのも、麻里の務める保育園では全て保育士が行うことになっていた。


 子どもたちへの食事やおやつを作る調理師の人数は少なく、150人を超す子ども達の手作りおやつの用意だけでも精一杯。

 食事などは作っておくから、あとはそれぞれのクラスでお願いします、というシステムだ。


 因みに、彼女は何のアレルギーも持たないという人生を送っている。

 そして、大事なことをなぜ自分に任されるのだろうかという疑問さえ抱く。


 保育の準備もおやつの準備も。いつも先輩の冷たい視線とともに急かされ、呼吸がうまくできない。


「遅いよ、急いで」


 一刻でも早くと、急いだのに。アレルギーをもつ子どもへのお皿に、間違って普通のおやつを皿に乗せてしまったところを、先輩に見られていた。

 そして、現在に至る。


「あと少しであの子、死ぬところだったんだからね」

「うわこっわー……。もしかしてあんた、わざと?」


「え、そんなっ……! それは絶対にないです!」


 麻里は、先輩の言葉に驚いて目を見開く。


「わー……この人、口答えしたし」


 もう、嫌だ。麻里は唇を噛みしめ、拳を力いっぱい握りしめた時だった。


「百合先生――――!! なんですかこの状況は!!」


 クラスの外から、驚くほど大きな声が聴こえ、

 その声が園長であることも同時に分かる。


「え? 何かあった?」


「百合先生って聴こえたけど……嘘でしょ?」

「百合先生が怒られるとこって……ぶっちゃけ初めてじゃない?」


 麻里は視線の矛先が自分から外れたことを心底安心して、仕事に戻る。


「あれ」


 いつも給食室がおやつとともに準備してくれる牛乳が無いことに気づく。


「すみません。子どもたちの牛乳が無かったので、給食室から頂いてきます」


 麻里が出て行くとき、先輩たちからの声は、誰からも返ってこなかった。


・・・・


 子どもたちのクラスの環境は、常に清潔でなければならない。


 それは、子どもが生きる上でとても大事な環境なのだが―――。


 “百合先生”率いるクラス、さくら組。

 年齢は3歳児が20人が集まる、とても賑やかなクラスである。


 ちなみに、3歳児は2つクラスが設けられている。もう一つのクラスにも20人集まっているといういわばマンモス団地のような状態となっていた。


「ここは、どこだ!」


 魔王は立ち上がると、振り乱すように辺りをきょろきょろと見回し始めた。


「なんだこの、木で出来た、ぼろい机どもは!! 見たことない狭い部屋だな!!」


 など、混乱状態である。


「なんなんだここは―――――――――――!!!!」


 百合の容姿は異性はもちろん、同性であっても見惚れるほどの美貌の持ち主であるにも関わらず。肝心の精神が魔王になってしまっているおかげで、“美人は怒ると怖い”ということが、一目瞭然となっていた。


「アイツ等はどこだ!」

「なにいってるの、ゆりせんせいっ」

「こわいよおぉ」


「あ゛ぁ!? 誰だよユリセンセイって」

「ゆりせんせいは、ゆりせんせいでしょーがっ」


 一人の女の子が通園用バッグからキラキラと光る手鏡を魔王に差し出た。


 鏡……?

 恐る恐る手鏡に触れた魔王。


「俺の姿はな、誰もが恐れる……」


 ん?

 魔王は食い入るように鏡を覗き込んだ。


「おそれるってなに?」


「ゆりせんせいはびじんだよー」


 おん、な?

 は、女?

 魔王の視線は、確かに鏡に写る百合の姿と目が合っている。



 


「誰だコイツはぁあああああ―――!!!」


 何が起きてんだ、あいつ等は何の呪文を放ったんだと、魔王は怒りで身体が震えだしている。


「こいつってなんだよぉ、ゆりせんせいだろー」


「どうしちゃったの、ゆりせんせい、わすれんぼだなー」


「ねーねー、ゆりせんせい、なにごっこなのー? わるものになってるー」


 駄目だ。子どもガキはてんで話にならないと、今の状況を振り払うように声を出す魔王。


「お前等じゃ話にならない。他の住人を出せ」


「え? じゅうにん? ってなに?」

「あ、おれしってる! にんげんが、10にんでしょう?」


 両手のひらを魔王に向けて出した。

 その姿に、魔法か! と、魔王は一瞬たじろいた。


子どもガキのくせに……あなどれねぇ―――!!!


 すぐに防御態勢に入る魔王。


「我が身を守れ。プロテス」


 呪文を唱えたものの、何も起こらない。


「す、すごぉい!」

「え? なになに、よくわかんないよー」

「おれきいたことある! ゲームのまほうだ」

「ゆりせんせいかっこいいー」


「我が身に……何も、起きない……だと!? そんなはずは……」


 魔王は今の現状に絶望という気持ちが体中を巡り始めていた。


「えー? なになにー?」

「なんかびっくりしてるー。ほんとうにでるわけないじゃんよー」


 この言葉に、魔王はついにカチンときたようだ。


「お前らな!! なんで俺が話せば話すほど喜ぶんだよ!! もっと恐れ戦けよ―――――――――!!!!」


 魔王の声は、子どもたちにとっては、それはとても楽しく響いてゆくのだった。

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