~光~ ②


 小さなミスが大きなミスに繋がるという指導は常日頃。今では、医療機関と化したような職場と言っても過言ではないかもしれない。


 そういった状況におかれた若菜、百合は日々追われるように働いている。


「雷雨、かぁ」


 今朝の天気予報では確かに降水確率0パーセントの快晴であったのに。天気予報が当たらない日も珍しくはないかと、視線を空からクラスの子どもたちへ向ける。


 小さな教室にしては、子どもたちの人口密度が高い。


 両親が居ても共働きという日本の独特な社会がこういった小さな人口をあふれさせているのだろうか。


「ゆりせんせー! ねぇ、もう“よる”になっちゃったの?」

「ほんとだぁ、おそとがくらぁい」


「え?」


 子ども達の言葉に、百合はまた視線を外へ向けた。

 ほんの一瞬視線を外しただけだったはずなのだが、空の状況が一変して、暗雲に包まれていた。


「“よる”になったねえ」

「でも、くらくてこわいよぉ」


 それぞれの子どもたちが興味津々になって窓まで集まる。


「大丈夫、もうすぐ雨が降るのかな。雨さんは、お花さんや野菜さんにお水をくれるのよ」


 雨は優しいのよと、百合は子どもたちに話す。


「そっかぁー」

「くらいから、ビックリしちゃった」

「よかったぁ、ぼく、ねんどであそぼうっと」


 子どもたちがまた何事もなかったかのようにあそび始める。

 確かに百合は、子どもたちに夜だと言わせるこの空の暗さは異常だと思った。


 百合の中に少しずつ生まれてきた恐怖心を、どうにか抑えつつ子どもたちへ笑顔を向けた。


 子どもたちへ常に安心を与える。光を与える。それも、保育士の大切な仕事だ。

 そう、光を。


 そのとき、空が黄金色の光に、一瞬にして包まれたように見えた。

 その光景を目の当たりにした百合は驚くという感情に達する前に、意識が消えてしまった。



 百合の消えゆく意識の中で、自分とは全く違うだれかと、すれ違うような感覚を覚える。それも、普通の人間には持ち合わせることはない、全く別次元の禍々しいものであったことも、意識の中に伝わってきていた。

 その感覚を眺めたまま、百合の意識は途切れていった。



 一方で、禍々しいものを纏う意識は、何者かに問われていた。


 魔王は飽きたか?

 生きてみたくなったか?


 変な夢を見ているのか、とその意識は次第に感情や感覚を持ち始める。


 温かい。全身が、温かい。


 そう感じつつ、その感覚がとてつもなくその意識にとって排除したいものだということも分かっていた。


 嫌だ。


 懐かしく感じる、この感覚。


 嫌だ。

 ハラワナケレバ。


「俺様は、魔王だぁあああああああああ!!」


 叫びが、自身の耳に確かにとどいた。

 そして、眩しい光を見たからか、視界がぼんやりとしている。


 人影が見え、魔王である自分を倒した彼奴等だろうかと警戒態勢をとる。


 それにしても、ぼんやりとした、いくつも見える体は小さく、さらに幼い声であることを認識する。


「……いじょーぶ?」

「ほら、おだんごっ」


 魔王の頬にあたる部分に、ひんやりとした感覚がした。

 さらに、妙に固いのか、柔らかいのか、そんな中途半端な感覚の物を頬に押し付けられる。


「せんせい?」

「だいじょうぶ?」


「ほら、おだんごっ」



 どんどん意識がはっきりしてきた魔王は、はじかれたように上半身を起こした。



「は、あ!?」


 魔王が目を凝らして見た光景に驚くばかりだった。それは、先ほど自分がいた、“最期”の場所ではなく、全くもって見たことのない世界であったからだ。


 小さな空間の天井には、いくつもの光が灯されている。目の前には小さな子どもたちがそれぞれ様々な表情で魔王を取り囲んでいた。


 ここは、どこだ―――――!?


 魔王の意識は、混乱するばかりだった。

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