~すがりたい、手~ ②
お昼休みの保育園の風景はというと食事中の子どもがいたり、食事を終えた子ども達がそれぞれクラスの中で絵本を読んだりおもちゃで遊んだりと、好きなことをして過ごしていた。
良治は部屋の隅で絵本を広げるも、美咲を目で追ってはそわそわした様子でいた。
いつもの良治ならブロックを取り出しては剣を作ったりして楽しむのだが、美咲とのことがあり、どこか気まずい様子だった。
瑠美は部屋の隅に居る良治を納得行かないという目で追っていた。良治が美咲を噛んだということを否定したことに未だ腹を立てていたのだ。
美咲は食事の途中であり、担任の香菜に手当してもらった腕を見つめる。気分は乗らまいまま、箸で苦手なほうれん草をつついていた。
「美咲ちゃん、ほうれん草食べるの、頑張ってるね」
「……うん……」
香菜は美咲の心の傷を思うと胸が痛んでいた。
いつもであれば微笑ましいくらいに仲が良いはずの良治と美咲なのにと、表面上ではどうにか美咲へ笑顔を見せるが、かみつきという現実には頭を抱えざるを得なかった。
うまく言葉を伝えられないためにかみつきという本能的な行動が起きることがある、ということを保育園の生活の中では考えられているのだが、良治がそこまでする程美咲に訴えたかったことは何だったのだろうと、思わずため息を着く香菜だった。
それから美咲がもう2、3口頑張ったところで香菜は時計を見る。
「あ、もうすぐ12時になるね。美咲ちゃん、本当、頑張ったから今日はもうここまでにしてごちそうさまにしよう」
「うん……」
「食べきれなかったほうれんそうさんにごめんなさい、しとこう?」
「うん。ほうれんそうさん、ごめんね」
美咲が淋し気にほうれん草へそう言うとごちそうさまをして、席を立ち上がった。
12時を過ぎた頃、子ども達がそれぞれの布団に入って眠りにつく。香菜のクラスの子ども達も皆眠りにつき、主担である香菜はほっと安心したように立ち上がる。
「あ……」
香菜がふとクラスの入り口を見た時、そこには一通りの補助の仕事を終えたアレスと麻里が立っていた。アレスはドアによりかかり、麻里は小さく会釈をしている。
「お疲れ様です、香菜先生」
「よぉ、香菜。今時間あるか?」
「百合先生、麻里先生……」
香菜は、午前中二人へ見せてしまった自分の異常ともいえる姿を思い出し、苦笑する。
「はい……。たった今、子ども達皆眠ったところです。どうぞ」
香菜はクラスの中に入るように促す。子ども達のお昼寝の中、一体どんな話しになるのかと麻里は震える香菜を見て以来、そわそわしている様子だった。香菜のプライバシーに関わってくることだろうと思うと場所はここしかないと、心の中で頷いた。
アレスは力なく笑う香菜へ、小さくため息を着くと、香菜に“どうぞ”と促された、子ども達がいつも活動や食事等で使う小さな机のある所へと座った。麻里もアレスの側について座る。
香菜も二人が座った側面に座ると、小さく深呼吸をしはじめた。
「あの……。無理して、話さなくてもいいですから……」
「何言ってんだよ麻里。これは俺様にも関わることなんだぜ。無理にでも話しておいた方が身のためだ」
「う゛っ……そっ、そうかもしれませんけどでも……」
麻里が小さく「お願いですから俺様って言わないでくださいよ」と突っ込む。
「ありがとう、麻里先生。大丈夫。ちゃんと話すわ」
香菜が力なく笑うと、室内に置いていたバッグからスマートフォンを取り出す。
「もう、半年前くらいになるの」
香菜がスマートフォンを捜査する中、話しを静かに聴くアレスと麻里。
「私、この人と結婚を前提に付き合ってたの」
「……え!!?」
「ほぉ」
香菜が二人に見せた写真は、こちらへ向かってピースをした香菜と、男性が香菜の顔に寄り添ってカメラに向かって笑顔を見せるという、幸せそうなカップルの姿そのものだった。
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