第19話 ~練習試合も真剣勝負~ ①


「じゃあ、今日は初めてだし、水風船の小さいやつでやってみよう」


 若菜は室内に置いてあった自分のバッグから水風船用の風船のパッケージを取り出した。


「これ……ちょっと百合先生も膨らますの手伝ってくれませんか」

「なん、だと!?」


 若菜は風船を慣れた様子で次々に膨らましていく。


「……どうやるんだ?」


 アレスは困ったように若菜に訊ねると、びっくりしつつ、


「こうやって、口に咥えたまま息をぐっと吹き込むんです」


 アレスは恐る恐る口に小さな風船を咥えて息を吹き込もうとするも、ピロピロと情けなく震えるだけで終わった。


「わー! ゆりせんせいへたー!」

「ゆりせんせいがんばれー!」


「え゛、百合先生、ちょっと退化しすぎじゃないですか!」


 若菜は驚きつつ、子ども達に応援されながら仕方なく次々と人数分の風船を膨らませた。その光景にアレスはただただ口を開けて見とれている。


「若菜、お前すげぇな」

「伊達に風船ダイエットしてませんから」

「あ? ダテニなんだ?」

「ダメですよ百合先生、女同士だからってあたしの過去は決して涙無しでは語れないんですから」

「……ほんと分かんねぇ言葉ばっかりだなお前は」


「はーい、皆出来たよ。次は出来たこの風船をーここに付けます……っと」


 若菜のバッグからゴム紐が出てきたと思うと、それを風船に結び輪にし、それを足首に通した。


「自分の付けた風船は割られないようにしてね。敵のチームの風船を踏んで割りにいくんだよ。そうだなぁ。まぁ、一回やってみようか、皆立って。机を端っこに持っていってね」



「おぉー」

「おれぜんぶわるもんね」

「あたしだってまけなぁい」


 子ども達が盛り上がる中。那奈ななは部屋の隅へ行き、うずくまっている。


「ナナちゃん、どうしたのさぁ」

「こわいの。だからこないで」


 那奈に話しかける子どもはしょんぼりとした様子で離れた。


「はい、じゃあ今から二手に別れてやってみよう!」


 若菜はクラスの子ども達の名前を呼びつつ、二手に分けていった。


「なぁ、いまからやるっていうのは“ち-む”ってやつの戦争であってるか?」

「ひぇっ、何を言ってるんですか百合先生、た、たしかに競う競技ですけど……」

「そっか、やっぱ戦争なんだな」

「えーっとー……百合先生キャラ変わりすぎでしょー……」



「せんせー、ナナちゃんがしないってー」


 指を示された那奈は驚いて若菜と目を合わせた。


「そうなの、那奈ちゃんやりたくない?」


 那奈はどうして言うんだという気持ちを込めて指を指してきた子どもを睨む。

 若菜と目が合うと、目線を下へとそらした。


「んー……言ってくれたら分かるのになぁ。じゃあ、那奈ちゃんは無理しないで」


 若菜の言葉に安堵した那奈は、改めて綺麗に膝を立てて座り直した。


「……ここにもサボる兵士もいるんだな」

「えっ、何の話してるんですか百合先生」

「……」


 驚く若菜を横目にアレスは黙って那奈へ近づいて、しゃがみ込む。


「おい、どうして戦い放棄してんだよ」


「……どっかいって」


「あ゛!?」

「えっ」


 那奈の言葉に驚くアレスと若菜。


「お前、俺に指図する気か」

「え゛! ちょっと百合先生!?」


「あんた、ゆりせんせいじゃないもの! にせもの!」


 偽物という言葉に驚いたアレス。那奈とアレスの雰囲気にいたたまれない気持ちになる若菜。


「あー……えー……。あ、はい! まずはやろう、うん! そうしよう!」


 若菜は首に掛けて用意していた笛を持って口元に備える。


「皆、立ってね。それから、若菜先生がピッて笛を鳴らしたら、相手チームの風船を踏んで割に行ってくださいね」



「はぁーい」


 那奈以外の子ども達が一斉に返事を返すと、今にも走るぞという勢いで構えをする子どもたち。


「よーい!」


 ピッっという短い笛の音と共に、風船割り合戦は始まった。


 パン、パンと空気に響くような破裂音が部屋中に響き渡る。割られた子どもはしょんぼりと落ち込んだり、割ることが出来て喜ぶ子、それぞれであった。


 那奈は、耳を塞いでうずくまる。アレスはただ、そんな縮こまっている那奈を見つめていた。

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