第18話 ~そら組へようこそ。~
この日からアレスは若菜率いる4歳児である、そら組に入ることとなった。
若菜は麻里から「百合先生は記憶喪失みたいになってるので何卒子どものように扱ってあげてください」という事を言われたものの、よく分からないでいた。
「なんだか百合先生と組むの久しぶりな気がするなぁー……って言っても、ちょっと今の百合先生じゃキャラ違いすぎて困りますけどね」
「あ゛? なんだよ」
「うん、そのキレキャラとか特に。保育士なのに。ないわーって思います」
「……麻里の方が何て言ってるかまだ分かったんだがな」
アレスは若菜から発せられる聞きなれない言葉に少し困りつつも、4歳児の子ども達に目を向けた。
「そういえばよ……。若菜のクラスじゃなかったんだな、ひかるは」
「わぁ、記憶喪失って話は本当なんですね。ひかるくんは百合先生が担当していたクラスですよ。3歳児です」
「そっか、あいついねぇのか。つまんねぇな」
「あはは、自分の持つクラスの子どもって愛着湧きますよねぇ。分かりますよ」
「あ゛? アイチャク? なんだそりゃ」
「おっとー……? 百合先生愛着すら忘れちゃうなんて……! でもま、楽しいしいっか」
「分かんねぇ」
「愛着は、簡単に言えばお気に入り! みたいなものですよっ」
「あ゛? 分かんねぇ」
「んー……。好きってことで」
「ああ、それなら分かる。俺はアイツは“すき”だな」
そう言って、アレスは少し不思議な気持ちになった。好きという感情が、“今の彼の段階”にはプログラミングされていないはずなのだ。
「すき、か」
「……だいじょうぶですか百合先生。なんかこう、応援します」
「は!?」
「人間、振られるとそうなりますよね。深い悲しみに陥るといいますか人格変わっちゃうといいますか……!」
「何でちょっと泣きそうなんだよ全然わかんねぇ。麻里に聴くか」
「あぁ! ちょっと、すみませんって百合先生」
4歳児クラスは元気であるものの、至って曲者が居るようにも見えない。
「ゆりせんせい、きょうからおれたちといっしょだってさ」
「やったぁー!」
「ゆりせんせいよろしくねー!」
以前の百合の力量は計り知れず、どこのクラスでも人気を獲得していた。
「おお、お前等俺の手下としてちゃんと働けよ」
「あっははー、ゆりせんせいなにごっこー」
「へんなのへんなのー」
きょとんとするアレスに、お腹を抱えて笑う若菜。
「俺は遊んでねぇぞ。お前ら、ウンドーカイで敵と戦うんだぜ」
「え!? なになに!?」
「たたかうのー!?」
「へんしん! おれ、らいだーになろ」
「はいはい! そら組の皆、椅子に座って」
若菜は笑いながらクラスの子どもへ指示を出した。
アレスにまとわりついていた子ども達も皆それぞれ着席していく。
「皆、いいかな? もうすぐ、運動会があるよね?」
「うんー!」
「おれいっぱいはしるー!」
「うんうん、そうだね。走ったり、ダンスしたりするよね。そしてね、楽しい事がもう一つ増えたんだよ~! “風船割り合戦”っていうものも、やることになりましたっ」
「へー! ふーせんわりがっせんってなにー?」
「ふーせん?」
「フーセンって何だ」
アレスの視線は、若菜と子どもとを行ったり来たりする。
「はい、若菜先生は皆に見せようと思って、風船を持ってきました。この風船をね、まずは膨らませますー……」
若菜は一つの風船に息を吹き込んで膨らませる。風船の大きさが大きくなれば大きくなる程、子ども達の目は輝きだす。
「きゃははー!」
「ふーせんおおきくなるー!」
喜ぶ子ども達の中でただ一人、手で耳を塞いで目を瞑る女の子が。
「ねぇねぇ、ナナちゃんみてよぅ、すごいよ! ほらっ!」
「ううん……! みない……!」
アレスは若菜によって少しずつ膨らんでいく風船の光景に目を輝かせていた。
「ほぉおおお!! 何だそれスゲェな!?」
「えっと……なんでしょうね、このいつのまにか異文化交流みたいな。風船ですよ、百合先生」
若菜は膨らませてしまったゴム風船の裾をキュッと結び、出来上がったものをなんとなくアレスや子ども達に見せる。
「これを足に付けて、自分の風船は割られないようにして、敵のチームの風船を割るゲームだよ。どんなのかは……ちょっと今からやってみようか」
「はぁーい」
「おぉすごいー」
「ほぉおおお……!! そのフーセンスゲぇ、魔力じゃねぇんだよな!? 人間スゲぇ……!!」
「え、なに? 魔力?」
若菜はぎょっとした顔で目の前に居る“百合先生”を見る。自分の発した言葉に何も違和感を持たないアレスは完成した風船に対して尚更拳に力を入れて喜んでいた。
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