~ナツマツリってなんだ?~ ②
プリントと職員たちを交互に見ながら飯田は話を続ける。
「こちらで指名するよりも、まずは先生たちの意思で決めていきたいと思うから、なりたいと思う係に手を挙げてね」
「はい」
それぞれが声を出す中で、アレスが麻里を小突く。
「なぁ、何が起きてんだ?」
「あのっ、とりあえず、私が手を挙げたら、一緒に手を挙げて下さい」
「お、おう分かった」
麻里はアレスと顔を近づけ、極力小さい声で話した後頷き合う。
「それじゃ、出店係」
「はいっ!」
麻里が手を挙げ、アレスも今だと手を挙げた。他にも手が挙がる中で、若菜も一緒に手を上げており、それぞれの目が合うと思わず嬉しそうに微笑み合う。
「うんうん、若手が多い感じね。でも、その方が繁盛していいか。それじゃ、手を挙げた人たちは決定ね」
飯田が手を挙げたメンバーをメモしていく。その後、舞台、花火、と挙手をさせてはメンバーをメモしていった。
「今ここに居る先生達の係はこれでいいわね。それじゃあ、誰か教室に居る先生と変わってきてもらってもいいかしら」
「はいっ。行きましょう」
「お、おう」
麻里はアレスの手を少し引くと職員室から出るように促した。その後、クラスで少々ぼんやりとしていた香菜と代わり、子ども達を見守る係をバトンタッチすることとなった。
アレスは3歳児が眠るクラスを見つめ、時々聴こえてくる子どものいびきに鼻で笑ってはまたじっと見ている。
「どうかしましたか?」
「いや、こういう“寝る”っていうやつ、俺様達の世界ではほとんど見かけないからな。いつ見ても新鮮っつうか。懐かしいな」
アレスの脳裏には、赤茶色した髪をした男児から寝相で蹴飛ばされる記憶がちらりと出てきていた。
「懐かしい?」
「いや、なんでもねぇよ。ちらっと出てきたんだが、忘れた」
「そう、ですか。あっ。でも、アレスさんみたいに見るって大事なんですよね」
「あ?」
麻里は得意げに人差し指を立ててアレスへと向きなおる。
「“睡眠チェック”って言って、今は……確か5分だったでしょうか、その5分おきに子ども達がきちんと眠ってるかどうかっていうのをチェックするんです」
「あ? 5分おきに何すんだよ」
「いえ、だから……5分たつごとにちゃんと息をして眠るか……。ほら、あの子みたいにお腹が上下してるとか、そういうのを見るんです」
「……見てどうすんだ?」
「この子達は大丈夫だとは思いますけど……赤ちゃんは特に、眠っている間、うつ伏せとか些細なことで息が詰まったりして呼吸困難になることもあるみたいなんです」
「呼吸困難? 呪文かける奴がいんのか?」
真面目に言うアレスへ麻里はいつものように方がガクッとうなだれる。
「いませんってば! と、とにかく呼吸困難にならないために、見守るのも私達の仕事なので、アレスさんのように子ども達を見つめておくのも、立派なお仕事のひとつっていうことで」
もちろん、他のお仕事をしつつですけどね、と付け足す麻里だが、一方アレスは聴いている素振りもみせないので、ま、いいかと流したのだった。
「シゴトな。面倒くせー」
頭に手をやるアレスだが、無意識なのかその後もじっと子ども達を見つめるのだった。座っていることに疲れたのか横になり、それでも尚子ども達を見つめるその姿はどこからどうみても無防備と言える。
そんなアレスの姿に、子ども達へ情が沸いてる証拠かなと、微笑む麻里だった。
「なぁ、アイツのことなんだけどさ」
「はい? 誰、ですか?」
アレスが「アイツ」と、指を差す先にはタオルケットが寝相によって足元へと寄らせて眠っていた良治の姿が。
「あ、良治くん、ですね。良治くんがどうかしました?」
「麻里はイチが、本当にミサキを噛んだって思うか?」
「え……? どうして、ですか?」
「いや、なーんか臭うなってな」
「臭う……」
アレスが臭うという言葉を使うことに、今までの植野や、野河を思い出す麻里。今回のストーカーの件も含めて。
「えー……そんな、まさ、かぁ……」
「ヒカルは噛まないぜ」
「ああ、あの子はそうですけど……。って、もうアレスさんは輝くん大好きですね」
「アイツは俺様の相棒だからな」
「は、はー……!」
乾いた笑いを浮かべる麻里だが、“臭い”対するアレスの勘もあなどれないため、口元に手を当てて唸るのだった。
・・・
~補足~
保育園・幼稚園の行事である夏祭りは、子ども達を楽しませるということが前提で、内容は華やかであるにもかかわらず、早朝出勤で準備するも、夜遅くまでのサービス残業という形で行われているところがほとんどという状況のようです。
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