第58話 ~狂気~ ①

 勤務を終え、ただいまを言う必要のない、静かなアパートに帰宅した日下部。


 部屋には、香菜の様々な年齢の姿の写った写真がコルクボードにびっしりと貼られている。

 それだけにはとどまらず、部屋の壁、ありとあらゆるところに布地に写真をこれでもかという程貼りめぐらせていたのだった。

 布に貼っている彼のこだわりとしては、香菜が家に来る時はすぐさま取り込んで隠せるようにするためだった。


 電気もつけず夜闇に身を紛れ込ませるように、日下部は目だけ見開いて爪を噛んでいた。


「香菜」


 香菜、香菜。

 僕の気持ちはずっと一途だった。

 アイツとどうして付き合うことになったんだ?


 写真を見つめ、こみ上げてきた悔しい気持ちから、日下部は微笑む香菜へ手を伸ばし、愛おしそうに指先でなぞる。


「でも、もう僕のものだよね?」


 生徒たちとの反省会の時……香菜のあの涙。


 ねぇ香菜、僕が側にいて安心したから泣いていたんだよね?

 僕のこと好きだもんね? 香菜。当たり前だよね。

 僕達は愛し合ってるんだから。


「ねぇ香菜。君は僕のものだよね?」


 香菜からの答えは、彼の頭の中で心地よく響き渡るのだった。

 小さな胸騒ぎだけは、どうも隠せないでいた様だったが――。


・・・・・


 次の日、飯田は虎太郎との再会が喜ばしく、心機一転してひまわり保育園に出勤していた。

 園長室に顔を出した飯田の雰囲気を見た園長も、すべてを把握したようで「よかったわね」と伝えるのだった。


“プルルルルル――”


 保育園の電話が鳴り、園長の前で飯田が張り切って電話を取った。


「おはようございます、こちらひまわり保育園です」

『あ、すみません、いつもお世話になっております、日下部ですが』

「あら、日下部先生、どうしました?」


 日下部のどこか苦しそうな声。どうしたのだろうかと飯田は心配し、話を聞く。


『ちょっと、風邪をこじらせてしまった様で、熱が高くて……子どもたちにうつしてしまうことを考慮しますと、今日は僕の引率ではなく、他の教師が参りますので、何卒よろしくお願いいたします』


 ときおり、咳き込む日下部。


「分かりました、どうか無理なさらず、ゆっくりますまれてください」

『ありがとうございます』


 その後電話が終わると、飯田は日下部の状況を園長に伝えた。


「日下部先生、体調が悪いらしいんです」

「まぁ……。そう、わかったわ。彼も疲れていたのね」


 といいつつ、どこか小さなため息をついた園長に、疑問を抱く飯田なのだった。隠れるように小さなため息をつく時の園長は、気に入らないお客に対して出る癖だった。


・・・・


「はあああ。で? あいつ今日も来ねぇのかよ」

「は、はいっ、具合が悪いんだそうです」


 紗絵はまたアレスにあまり治安のよくないトーンで話され、たじたじになる。


「もう、仕方ないですよアレスさんっ。具合が悪いのは、仕方ないです」


「けっ。早くとっ捕まえてぇのによ」


 そうボソリと言った声に一瞬ぎょっとした麻里だったが、幸い紗絵には聞こえていない様子だった。

 がしかし、その会話を聴いて驚いていた人物が。


「日下部先生、具合が悪いの?」


 香菜だった。職業柄なのか、具合が悪い、という言葉に敏感の香菜である。


「だとよ。香菜には関係ねぇだろ、香菜だって昨日倒れてたんだろ? 大人しくしとけよ」

 アレスは腕を頭の後ろで組むと、彼なりの言葉で香菜を落ち着かせようとする。


「でも……心配だな」そうぽつりと言った香菜の言葉に、麻里は少しだけ嫌な予感がするのだった。


 今彼女を、彼に近づけていいのか……。

 そんなわけないはずだと、麻里は唇に力を込めるのだった。


 どうにかアレスさんと計画をたてなくては。そう決意する麻里だった。

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保育士かよ!!~最凶最悪の魔王が人間界の美人保育士になりましたとさ~【第三部突入!】 満月 愛ミ @nico700

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