負けられない戦いは先生達にだってある 

第14話 ~とりあえず、水飲ませろよ。~ ①

 空からは日差しが照りつけ、砂地からは熱気が身体を捕まえようとやってくる。


「次、並んで! よーい、はい! はい次ー!」


 賑やかに泣く蝉の声を背に。

 園庭では、地面に引かれた一本の白線、スタート地点に並んでは、ゴール地点へとまっすぐに駆け抜けてゆく子ども達。


 汗が、笛を持つ手や背中、頬を伝う。


「ひかるくんがんばれー!!」

「あきちゃんはやいよぉー!!」


 子ども達はぱちぱちと手を叩いて応援をしている。


「もっと!!」


 子ども達の声をかき消すような大声が園庭に響き渡り、その場の子ども達は一気に声の主を凝視した。


「もっと真剣に走りなさいよ!! 運動会でそんな走りしたって誰も見ない!!」


 その声の主は、40代後半。少し肉付きがよく、背は150cm台と低めだが体格のいい女性である。保育経験は20年という大ベテランに相応する立場の野河のがだった。



「たく、あっちぃよなおい」

「ちょっと! アレスさん、しー!」

「あ? お前だってあちぃんだろ麻里」

「もう! しーずーかーにー!」


 グラウンドの端で見学していたアレスと麻里。アレスの素直な感想がよりにもよって野河の機嫌の悪い時に出るとはと、慌ててアレスの口を両手で塞ぐ麻里。


 アレスは百合の身体と入れ替わって以来。

 園長の指示により行事の一部始終、新人保育士である麻里と共に見学してもらうようになっていた。

 手伝いは、とりあえずはできることから、とのことだ。


 運動会の練習風景を始めのうちは、整列して歩く“開会式”である行進の練習を


「なんだこれは、なんで子ども(ガキ)が兵士みたいな事してんだ。今からどこか戦いにでも行くのか」

「いえ、これは開会式の行進というだけで……今から皆で運動をして競っていきますよとか、そういうものなんです」

「へぇ」


 アレスはつまらなさそうに返事をする。一応は大人しく見ていたアレスだったのだが。


 1時間程経った頃。


「なんだよ何も襲ってこねぇじゃねぇか」

「あの、アレスさん、だから運動をして競うだけですから」

「へぇ」


 かけっこ等の光景もアレスにとっては平和すぎる程退屈であり、アレスの片足は自然と砂地へとリズムを軽く刻み始め、腕を組み、きょろきょろと辺りを見回していた。

 隣に居た麻里は同時にそわそわし始め……。

 そして、今に至る。



「なに、何か文句ある」


「いいえ! すみませんっ!」

「なんで須藤先生があやまるの」

「え、いや、その……」

「んだようるせぇな、あちぃんだよ。早く“キョーシツ”行こうぜ」


 アレスの相変わらずの態度に顔面が蒼白になっていく麻里。

 それとは相反して、アレスを輝く目で見ていたのは子ども達であり。


「そーだよぉ! あついよぉ!」

「しぃいー!! だめだよ、のがせんせいこわいから……」

「こぇええよぉぅー……」


 子ども達はひそひそと話しているつもりなのだろうが、分かりやすく野河の耳に届いていた。


「なに」


 野河はギラギラとした視線で彼女の視界に収まる子どもたちを次々と、そして全て静まり返らせた。


 百合とアレスの入れ替わり事件後、保育士達へ百合の変化を伝えて、とりあえずは元に戻るまでの態度を許してあげるようにと園長は言うものの。彼の独特な言葉遣いに慣れるまでには時間がかかりそうであった。


「とりあえず、あれだ。水飲もうぜ」


 アレスの素直な言葉に野河の表情が怒りの頂点に達したのではないかと思う程だった。


「……休憩してる時間なんてないんだからね」


 ものすごく低い声がアレスへと投げられる。とりあえず、火花が本格的に飛び散らないでよかったと、ほっと胸を撫で下ろす麻里。


 かつての魔王にとっては目の前に居る、魔力を使えない者達はただの人間で、自分より遥かに下の下の下に値する生き物という認識が拭われるはずもなく。

 歳をいくらとっていようが“ただの人間”。


 やはり彼の意思は全て優先。

 全てに置いて彼の指し示す先にあるのであった。

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