~電話の主はテメェか~ ②
突如現れたアレスの声に、瞳だけようやっと向けた薫。
虎太郎はというとアレスの足元で、ただただ幸せそうに地面に向かってえへへと微笑むという異様な事態である。
「あ……? 誰だお前」
『え、何? ちょっとっ』
飯田の困惑する声を振り切るように無視し、通話ボタンを切った薫。
薫は自分の欲望を邪魔する、目の前に現れた女性を心の底から睨む。
香菜ではない、求めてはいない女の存在が今は視界から消えてほしいという思いでしかなかった。
薫は虎太郎のスマートフォンを手元から投げ捨てると、アレスの元へと自慢の脚力で瞬時に寄る。
「消えろよ女……邪魔なんだよ、お前ら、何もかもな」
薫から放たれた魔力を纏った紅い瞳と声に、アレスは思わず口元を吊り上げた。
「舐めんなよクソ餓鬼が」
かつての魔王たる魔力を見せつけるようにして、アレスは身体から魔力を盛大に放出させる。
「くっくく……。テメェは“誰のお陰で”その力、使えてると思ってんだよ」
毎度ながらな、と怪しく笑うアレス。
「は……何言って……!」
アレスのもつ魔力により、瞬時の風圧が薫を襲う。
驚きのあまり足を崩そうとしたところ、その動きは突如襲いかかってきた首元への衝撃と共に、強制的に硬直させられる。
紅く染まった瞳のアレスが、薫の首を片手であるのに絞めるように掴んで離さなかった。
「捕まえたぜ。さぁて、大体テメェの正体はわかってんだけどな」
・・・・
「切れたわ……!」
飯田は想定外の出来事によって訪れた恐怖で、手が明らかに震えてしまっていた。
麻里は慌てて飯田の手を包むように握る。
「飯田先生、大丈夫です!」
アレスさんがいる。きっともう、彼の元にいる。
だからもう、大丈夫だと。
目の前で今にも泣き出してしまいそうな飯田を、すぐにでも安心させられるように言えたらどんなにいいだろうかと思う。
「本当に、何が起きてるのか……!」
「飯田先生……。ひとまず、もう一度、連絡を待ちましょう?」
アレスさんがもう、彼の元にいるはずだから。
大丈夫ですから――。
そう、ただただ、心の中でしか飯田へと伝えることはできないが。
震える彼女の手に、少しだけ力を込めることが、今の麻里にできる精一杯のことだった。
・・・・・
「わが呪文に従い正体を表わせ。リヴィア――!」
アレスの呪文に、一瞬だけ薫の口元には剥き出された牙、そして太く柔らかそうな尾が視えたはずだったが、すぐに元の薫へと戻ってしまった。
「あ゛……?」
チッ――。面倒くせぇな。
こ い つ じ ゃ ね ぇ。
「くそ……! 女のくせに……!」
混乱に襲われゆく薫の様子にアレスは我に返る。
「まぁ。皮肉にも俺様の身体は女だけどな」
「あ……っ? うぐっ……」
「ところでお前、その力で俺様の下僕達に散々いいことしてくれたじゃねぇかよ」
アレスの脳内で、良治の「オレじゃねぇ!」という言葉や、困惑しておかしくなっていた飯田、そして眼の前で倒れている致命傷を負った虎太郎を思い出されていく。
おっと――。
虎太郎にこれ以上被害を及ばすわけにはいかねえなと足元から虎太郎から距離をとろうとすると。
瞳すら開けきれないでいた虎太郎の瞳が、いつの間にか一気に見開かれており、アレスの姿を捉えていた。
「てんし……さん……!?」
それは、虎太郎にここまでの致命傷を追わせた相手が、女性によっていとも簡単に首根っこを捕まれ足が宙に浮いているからだろう。
驚きと、そして現実を見ているのだろうかという感情が彼の目からありありと溢れ出されていた。
「あああ天使天使天使天使うっせぇ……んな゛ぁ、わりぃけど、もう返してくれよその力」
ギロリとアレスは虎太郎から視線を外し、自分の手元で固まる薫を再度捉え、睨む。
嗚呼くそ、駒みてぇにされたなてめぇ。
「こっちはもう一つ片付けなきゃいけねぇんだ。あとな」
俺様はキンムチューなんだよ。
その言葉に、倒れたままの虎太郎の心は更に情熱を持って恋い焦がれるのだった。
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