第52話 ~見守りたかった、愛情~
「我が身の一部となれ! ボイド――!」
アレスは呪文を唱えるのと同時に、持ち上げていた薫を一気に地面へと叩きつけた。
「ぐぁあああああ――――――ッッッ!!!」
それと同時に、今までの空間を一気に変えてしまうような地響きと強風が巻き起こる。
薫を通してアレスの身体に流れ込んでくる魔力に、今までよりも遥かに膨大な感覚がしていた。
自分の魔力を取り戻せる喜び。
だが同時にアレスの中に流れ込んでくる薫の感情が、悲痛なものであることを。
嫌というほど、ありありと感じていた。
コイツは一体何があってこうなったんだ――。
「薫……さん……」
虎太郎は、目の前で起きている尋常じゃない出来事を、一瞬でも逃さぬようにと目に焼き付けていた。
どうして、彼女はそんなにも強いのか。
アレスに対し憧れを抱いては止まない虎太郎の脳内では、強靭な力をもつアレスは、完全な戦乙女と化されていた。
しかし、彼は更に驚くことになる。
地面に倒れ、薫の閉じられた瞳からはぼろぼろと涙がでているのだ。
爆愛皇飛の誰もが見ることのできなかった、彼の涙した姿を今、確かに見ている。
あれは痛みや恐怖からの涙、……ではないようだ。
虎太郎がそう感じたのは、既に気絶してしまっていた薫の表情が、どこか安堵したような様子だったからだった。
そして――。
倒れた薫のそばに膝をついてしばらく黙っていたアレスの頬に、気がつけば一筋の涙が溢れ落ちていたのを、虎太郎は見逃せるはずがなかった。
・・・・・
――なぁ、香菜。
薫の脳内で何度も何度も繰り返し思い出される、あたたかな日々。
勤務先であるガソリンスタンドの夜勤アルバイトから帰って来ては、泥のように眠ることが彼の日課だった。
そんな彼の耳に、朝のインターホンの音など届くはずもないのっだが、それを理解していたのも彼の彼女である香菜だった。
薫から合鍵を渡されていた香菜は「薫ー……、おはよう」と、つぶやきつつ、いつものように綺麗に整頓されている玄関から入ると薫の寝顔を伺いに行く。
口を大きく開けて「くかー……」と静かな寝息を立てる彼に香菜は微笑み、近くへ寄って膝をつく。
「いつも夜勤お疲れ様」
そっと薫の髪を撫でると、よしっ、と小さく気合を入れて立ち上がり、台所へと向かう。
冷蔵庫に貯蔵されていた味噌や豆腐に手を伸ばし、朝ごはんに必要な食材を取り出す。
「あと、卵にー……」
香菜はお気に入りのラブソングを鼻歌まじりに歌い、上機嫌で朝ごはんを作っていった。
「お、はよっ、香菜」
薫は寝起きの、まだはっきりとしない意識で彼女を認識する。
香菜の上機嫌の姿が可愛く彼の瞳に映り、微笑んだ。
「薫おはよう! って、ごめんね、起こしちゃった?」
「や、大丈夫。いい匂いがするなって」
「そっか、よかった……って、薫ちょっと待ってね」
香菜はいそいそと鍋やフライパンの火を止めると、薫へ手を広げてぎゅっと抱きついた。
「おーおー、流石俺の可愛い彼女はしっかりしてんな」
自慢の彼女だよ、本当に。
と、ついばむように香菜へキスを贈る。
キスを終えた香菜の、自分だけに向けられる照れくさそうな微笑み。それが薫にとっての至福の時だった。
香菜と別れてからも、ただただ彼女の幸せだけを願っていた。
たくさんの子ども達のそばにいて、守り育てていく保育士という仕事を大事にしていたいという、彼女のまっすぐとした正義のような気持ち。
それは、爆愛皇飛の仲間をこれからも守りたいという同じものがあったからかもしれないと、薫は自分の気持ちを静かに傍観する。
嗚呼、今。
なんて心地がいいんだろうか。
俺は今、何をしているんだろうか。
お前が居ない。居るのに、居ない。
いつのまにか、ものすごく遠くに感じちまったんだよ。
応援する気持ちは、本当だったんだぜ。
なぁ。
お前は俺のことは、本当はどう思ってたんだ?
お前の夢を邪魔していた奴になってたのか?
香菜……。
どうして俺じゃなくて、あんな腹黒れぇ奴と一緒に居るんだよ……!
ああクソ、こんな自分、見たくなかった。
――――なぁ、香菜。
俺は……いつからこんなひでぇ男になり下がっちまってたんだ?
教えてくれよ、香菜――。
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