3.看板には『小鳥の止まり木亭』とある。

 日が傾いてきた頃、麓の街にようやく着いた。

 門衛に村の者であることを話し、街に入る。


 これから旅をするのに身分証明証が必要になるから、領主様から発行してもらわなければならない。

 身分証明証がなければ、他の街には入れないのだ。


 ともあれ今日は歩き詰めでちょっと疲れた。

 まずは宿屋に泊まろう。

 路銀には限りがあるから、できるだけ安いところがいいだろう。

 ただ安い宿はそれなりに危険もあると聞いたことがある。

 10歳ならぬこの半人前の魔術師が身を守る手段は少ない。


 並ぶ看板を見上げていると、唐突に腕を引っ張られた。


「宿をお探しかな坊や? ウチはどうにゃ?」


 見れば猫娘族の女性だった。

 猫娘族とは、人間に猫の耳と尻尾がついた女性だけの種族だ。

 初めて見る猫娘族に興味が湧いたので、一泊幾らか聞いてみた。


「ひとり部屋なら一泊銀貨1枚にゃ」


「ではとりあえず3泊よろしいでしょうか」


「分かったにゃん。ところで坊やはいま幾つにゃ?」


「もうすぐ10歳です」


「……まだ10歳にもなっていないのにひとり旅かにゃ?」


「はい。唯一の家族だった父が亡くなったので。遺言で王都まで行くつもりです」


「ふむふむ。それは大変なのにゃぁ。朝食と夕食はサービスしておくように女将さんに伝えておくにゃ」


「いいんですか?」


「10歳になっていない子供は保護対象にゃ」


「ありがとうございます」


「ウチはミアにゃ」


「僕はマシューといいます」


 ミアに連れられて行った宿は、こじんまりとしていたがなかなか小綺麗だった。

 看板には『小鳥の止まり木亭』とある。

 宿の相場が分からなかったが、銀貨1枚だとこのくらいの宿なのか、と思った。


 鍵を借りてひとり部屋に案内された。

 ベッドはちゃんと整えられている。

 これで食事がついてくるのだから嬉しい。


「お湯はいるかにゃ?」


「いえ、〈クレンリネス〉があるので大丈夫です」


「おお!! 凄いにゃ。最上級の生活魔法が使えるとはやるにゃ」


「これでも魔術師ですから」


「マシューは魔術師だったのかにゃ? 腰に剣を下げているから剣士かと思ったのにゃ」


「これは村からの餞別です。武装していないと舐められるからと」


「確かに武器も持っていない旅は危ないにゃ」


 納得したように頷き、ミアは「夕食ができたら呼ぶから休んでいるといいにゃぁ」と言って出ていった。

 僕は鍵を掛けると、背負い袋を床に置いてベッドに倒れ込むように横になった。




 どうやら眠ってしまったらしい。

 外はもう夕暮れ。

 廊下を行き交う足音が夕食時なのを知らせてくれる。

 ミアが呼びに来るまで待とう。


 するとトントン、と扉がノックされた。


「マシュー、夕食ができたにゃん」


「はい、いま行きます」


 足音がしなかったな、と思いながら扉を開ける。

 ミアが立っていた。


「食堂は1階にあるにゃん。入ってくるときに見えたけど分かるかにゃ?」


「はい、呼びに来てくれてありがとうございます」


「よく食べて大きくにゃるんだぞー」


 ミアは他に仕事があるのか、音もなく歩き去っていった。

 足音を殺す技術が上手いのは猫娘族だからなのだろうか。

 人間である僕との差は耳と尻尾だけではないのだろうか?

 そんなことをつらつら考えながら、1階の食堂へと向かった。

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