45.僕は内心でトバイフに賛辞を送る。

 開会式は王太子ウォルマナンドの挨拶で締めくくられた。


「王家を代表してウォルマナンド・オルストが挨拶をさせてもらう」


 拡声の風魔術が決闘場に響く。


「今日は魔導院の花形競技である闘技大会の開会式で挨拶できることを嬉しく思っている。参加選手の皆は、日々の練習の成果を存分に発揮するために、今日という日を迎えたことと思う。闘技大会に対する熱意と努力を存分に発揮し、素晴らしい戦いを期待する」


 ウォルマナンドが選手たちを激励する。

 なんとなく目が合った気がするのは、気の所為だろうか。


「また運営準備に携わる魔導院の教師・教授、及び生徒の諸君。君たちの尽力も快く思っている。観客も含めて、すべての人々にとって素晴らしい思い出とならんことを祈っている。……私からは以上だ」


 貴賓席で立って挨拶をしていたウォルマナンドの横で拡声の魔術を展開していた教師が丁寧に魔術を消して、ウォルマナンドに着席を促す。


「ウォルマナンド王太子、素晴らしい挨拶をありがとうございました。――それでは、これにて開会式を終了します。では最初の対戦者は準備に入ってください」


 そして司会進行を行う実況席の教師が、開会式の閉会を宣言するとともに、初戦の準備を宣言した。




 僕は控え室に戻り、写し身ゴーレムを壁に預けて一息ついた。

 実況席の教師の横に「面倒くさい」と言わんばかりの不機嫌顔のクレイグがいたのがちょっと気になったが。

 クレイグは実況の補佐とか一般観客向けの解説などを行うのだろうけど、不本意そうでなんとも言えない。

 予め僕に言ってこなかったということは、ほんとに嫌だったのだろうな。


 ルーバット先輩と雑談をしながら過ごしていると、控え室に腕章を付けた生徒がやって来ては選手を呼び出していく。

 順番的に先に試合のあったルーバット先輩が出ていってからは暇になった。

 周囲を見渡してもトバイフもエドワルドもいないから先輩以外、他に知り合いらしい知り合いはいない。


 控え室からは試合の様子は見られないから、対戦相手となる他の選手の情報を得る手段はない。

 だからどの人が強敵なのかも分からないし、試合の勝敗もここからでは知る術はない。

 例外は試合から無事に控え室に戻ってきた人がいたら、その人は少なくとも勝利してきたのだということだ。


「お疲れ様です、ルーバット先輩」


「おうよ。まずは一勝てな」


 ルーバットは軽く手を挙げた。

 見たところ写し身ゴーレムに目立った傷はない。

 消費した魔力のほどは【魔力感知】で測れるものの、大して消耗もしていないようだ。

 昨年、一年生ながら準決勝まで進んだだけのことはある、ということだろう。


 とりとめもなく再開したルーバットとの雑談は、今度は僕への呼び出しで中断する。


「マシュー選手、次の試合です。準備をお願いします」


 僕は「はい」と返事をしてゴーレムを立ち上がらせた。


「では行ってきます」


「おう、初めての闘技大会だ、楽しんで来いよ」


 ルーバットに挨拶だけして、呼びに来た腕章付きの生徒の先導に従い試合場の手前で待機する。

 拡声の魔術で何やら聞こえてくるが……これはクレイグの声かな?

 ただし何を喋っているかは分からない。

 恐らくは遮音結界が張られているのだろう、そこまでして選手に他の選手の情報を与えない意図はなんだろうか。


 しばらくすると、悔しそうな顔をした上級生の男子生徒が扉をくぐって出てきた。

 写し身ゴーレムは連れていない。

 前の試合はウルザと上級生のはずだから、つまりウルザが勝利したのだろう。


「それではマシュー選手、扉をくぐってください」


 僕は言われるがままにゴーレムを連れて扉をくぐる。

 廊下の先は、試合場だ。

 僕とゴーレムが試合場に出ると同時、観客の歓声が身体を震わせた。

 観客は酷く熱狂している様子で、試合場に出た僕と、対面のトバイフに何事か野次を投げかけてくる。

 いやいや「ぶっ殺せ」はないだろう、ゴーレムだからこの場合は「ぶっ壊せ」くらいにしてもらえないだろうか?


 円形の闘技場に写し身ゴーレムを上げる。

 僕は闘技場の場外から、ゴーレムを操作することになっていた。


 トバイフに瓜二つのゴーレムと、僕のゴーレムが向かい合う。

 トバイフの制服は魔法陣が刺繍された特注の布地を使っているのだが、ゴーレムの制服は一般的なものだ。

 僕の方もゴーレムは帯剣していない。

 装備の類は写し身ゴーレムに持たせられない決まりになっているのだ。


「第一回戦、第十五試合。西から出てきたのは一年生のトバイフ・イドゥン選手。そして東から出てきたのは同じく一年生のマシュー選手です。初々しい一年生同士の試合、どうなることでしょうか。さあ両者、互いに向き合いました」


 実況の教師が拳を握りながら拡声の魔術に声を乗せる。

 チラっと実況席を見ると、クレイグに睨まれた。

 慌てて正面に視線をやる。

 すると場外にいるトバイフと目が合った。

 ニコリといつもの笑顔が返ってくる。

 しかし目が笑っていないな、これは何か仕掛けてくるぞ。


 僕はゴーレムとの接続を意識しながら、試合開始の合図を待つ。


「それでは試合、開始!!」


 割といきなり始まるんだな。

 そんな感想を持ちつつ、ゴーレムにまず地魔術〈ストーンスキン〉を行使させる。


「〈ストーンスキン〉」


 僕に瓜二つのゴーレムが僕の声で魔術を詠唱、発動させた。

 特殊な粘土、つまり土でできたゴーレムの肌を石化させて防御力を上昇させるゴーレム戦ではオーソドックスな魔術だ。

 ただしゴーレムを操縦する僕が唱えるのではなく、ゴーレムに唱えさせるのがこの闘技大会のルールだ。


 対峙するトバイフのゴーレムもひとつ目の魔術を行使していた。


「〈クリエイトウォーター〉」


 トバイフのゴーレムの前面に幾つもの水の塊が浮かび上がる。

 水を作った、ということは……なるほどね。


 意外と強引な戦術を取るんだね、でも悪くない。

 僕は内心でトバイフに賛辞を送る。


 そして、互いのゴーレムがふたつ目の魔術の行使を始めた。

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