46.実況の言葉に、観客がざわめく。

 トバイフのゴーレムから強い魔力を感じた。


「〈ダイヤモンドダスト〉」


 氷属性の範囲攻撃魔術、難易度の高いそれをゴーレム越しに難なく放ってきた。

 周囲に展開している水の塊が凍結して膨張する。

 そして輝く白い空気が僕のゴーレムを襲う。


 闘技場に白い氷塵が舞った。


「――――っ」


 トバイフが驚愕に目を見開く。

 僕のゴーレムもトバイフのゴーレムと同時に魔術を詠唱していた。


「〈ヒートアップ〉」


 それは【生活魔法】の加熱魔術だ。


「おっとぉ、トバイフ選手の〈ダイヤモンドダスト〉に対して、マシュー選手が放ったのは……生活魔法の〈ヒートアップ〉?」


 疑問形の実況が飛ぶ。

 やれやれ、という溜め息にも似たクレイグの声が拡声の魔術に乗った。


「トバイフ選手の〈クリエイトウォーター〉からの〈ダイヤモンドダスト〉戦術。これは自分の周囲の水の塊を簡易な防壁に仕立てつつ、相手のゴーレムを攻撃する一手だな。そしてマシュー選手の取った対抗手段は生活魔法の〈ヒートアップ〉、自身のゴーレムを加熱して〈ダイヤモンドダスト〉の防御に当てた」


「は? いやしかし、中位属性である氷属性の上級魔術の攻撃を、生活魔法で相殺するなど聞いたことがありません」


「それはそうだろう。人間を〈ダイヤモンドダスト〉に耐久できるまで加熱したら却ってダメージを受けるだけ。しかし今、闘技場に立つのは人間ではない」


「……!! そうか、ゴーレムなら強く加熱しても、ダメージにならない!?」


 ふん、というクレイグの肯定。

 そう僕の対策はクレイグの解説通りだ。


 試合は解説の間に三手目の魔術の行使に入っていた。


「……〈オーロラヴェール〉」


 トバイフのゴーレムが詠唱したのは、魔術への抵抗力を上昇させる氷属性の防御魔術だった。

 〈ダイヤモンドダスト〉は一瞬では終わらない。

 自身を巻き込まずに前方に放射状に展開され、継続的に低温下に置く攻撃魔術だ。

 だからこそ氷属性の魔術の効果を高める副次効果をも併せ持つ。


 対する僕のゴーレムも、魔術の詠唱を終えていた。


「〈アイスピラー〉」


 巨大な氷塊が現れ、トバイフのゴーレムに向けて一直線に走る。

 なにも〈ダイヤモンドダスト〉が強化する氷属性の魔術は相手だけではない。

 当然ながら、範囲内にいる僕の氷属性の魔術も強化する。

 そして僕がゴーレムに撃たせたのは、氷属性と地属性の複合攻撃魔術。

 氷の柱を相手にぶつけるという単純な攻撃魔術だ。


 魔術への抵抗力を上げたトバイフのゴーレムだが、残念ながら質量をぶつける類の魔術へは抵抗力ではなく物理的な防御力がものをいう。

 トバイフは苦い表情でゴーレムに次の魔術の詠唱を急がせる。


 巨大な質量をもつ氷塊はいかに速かろうとも、防御魔術を差し挟む隙を与える。

 だからトバイフはゴーレムに次なる魔術を急がせた。


「〈アイスウォール〉」


 氷でできた壁が地面から生えてくる。

 これも氷属性の魔術ゆえに通常より分厚く高く壁が生成された。

 だが防御ばかりに回っていては勝てない。

 勝負は相手のゴーレムの破壊で決着させるのが上策だ。


「〈クラッシュアイス〉」


 範囲内の氷という氷を分解させる氷属性と地属性の複合魔術だ。

 範囲はもちろんトバイフのゴーレムの周囲を指定。

 分厚い氷の壁が礫の大きさまで分解される。

 最初に〈クリエイトウォーター〉で作り出した氷の塊も細かく砕かれる。


 それは迫りつつ合った僕の〈アイスピラー〉も同様。

 大質量を誇る〈アイスピラー〉が拳大の氷の塊の群れとなり、横殴りにトバイフのゴーレムに叩き込まれた。


「ああ!!」


 トバイフが声を上げた。

 闘技場の上のトバイフのゴーレムは無惨にも大量の氷塊に蹂躙され、破壊されていったからだ。


「け、決着ぅ――!! 試合終了です!!」


 トバイフのゴーレムが破壊されたことで、実況席の教師が試合の終了を宣言した。


「勝者、マシュー選手!!」


 おお、という観客のどよめきが決闘場内に鳴り響く。


「クレイグ教授、最後の魔術は何だったのでしょうか? 氷があのようにバラバラになる魔術は、魔導院の教師が長い私も見たことのないものです」


「〈クラッシュアイス〉か。氷属性と地属性の複合魔術だ。氷塊をその大きさに応じて小さな塊にしてバラバラにするという砕氷の魔術。王国でも北方では使い手がいるが、王都で見るのは確かに稀だろうな」


「な、なるほど。ええとマシュー選手の出身は……」


「普通の田舎だ。極端に緯度の高い北国育ちではないな」


「では何故……」


「それは単純に知っているから使ったに過ぎんだろう」


「はあ~……。さすがは闘技大会三連覇を成し遂げたクレイグ教授の内弟子ですね」


 実況の言葉に、観客がざわめく。


「一年生同士の試合でしたが、ハイレベルな魔術戦となりました。では次の試合の準備に入りますので、しばらくお待ち下さい!!」


 闘技場には魔術の残滓が残っているままだ。

 それらを綺麗にしなければ、次の試合は始められない。


 僕はゴーレムを闘技場から降ろした。

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