47.ウルザの表情が変わった。
控え室に戻ってルーバットに挨拶をした。
雑談を再開しつつ、僕は写し身ゴーレムのチェックをする。
〈ダイヤモンドダスト〉の強力な冷却と〈ヒートアップ〉の茹だるような加熱に、特殊な粘土でできたゴーレムの身体に割と大きなダメージが残っていた。
正直な話、トバイフが〈ダイヤモンドダスト〉をあの規模でゴーレムに撃たせることができるとは思ってはいなかったため、驚きはある。
戦術は読めたが、要となる〈ダイヤモンドダスト〉の出来が良すぎたのだ。
ともあれ入試があったのが初春である。
正式に魔導院に入学して毎日、図書館で真面目に勉強をしていた彼が努力家でないはずもない。
初夏に開催される魔法大祭に大技を引っ提げてくるくらいは友人として見越しておくべきだった。
しかし季節ひとつで随分と成長したものだ。
この分だと、侯爵家の面々は僕に知られないように切り札を隠し持っているくらいはしているだろうな。
蓄積したダメージは地属性と光属性の複合魔術である、ゴーレム修復魔術〈リペアゴーレム〉で完治させた。
複合属性は習得難易度が高いが、習得さえしてしまえば効率が良い魔術が多い。
効果に対して消費魔力が少ないのが使えば分かるというものだ。
トバイフの今回の戦術の落とし穴は、僕が彼以上に氷属性を扱えたことだろう。
そもそもトバイフの得意分野は治癒魔術である。
それでも磨いた攻撃魔術が唯一もっていた中位属性である氷属性なのは仕方がないし、水属性と風属性も活かそうと思えば〈ダイヤモンドダスト〉は最良の選択とも言えた。
僕が相手じゃなければ一回戦を勝ち抜けていた可能性は結構、あったんじゃないかな。
自分で言うのもなんだけど。
第二回戦が始まったらしく、ルーバットが試合に出ていった。
第一回戦から人数が半分になったのだから単純に試合数も半分だ。
すぐに僕の出番も来るだろう。
ルーバットが戻ってきた。
魔力こそ消耗しているが、ゴーレムのダメージは小さい様子だ。
どういう戦い方をしているのか気になるが、手の内は試合で見るべきだろう。
とはいえそれはジュリィが敗退してルーバットが決勝戦まで来たらの話だが。
僕はといえば、優勝する気でいるので負けは勘定に入れられない。
というか負けたらクレイグに何を言われるか分かったものじゃないしね。
さて腕章を付けた生徒に呼ばれた。
僕はゴーレムを連れて控え室を出る。
エドワルドがゴーレムを連れて扉から出てくるところだった。
そうか、勝ったのか彼は。
ということは、第二回戦を勝ち進めば次に当たるのはエドワルドということになる。
そのエドワルドのゴーレムは、制服がところどころ破れてボロボロになっていた。
かなりダメージを受けている様子だ。
エドワルドと視線が絡み合う。
しかしすぐに外され、彼は控え室に向けて立ち去っていった。
さてまずは目前の第二回戦を勝たなければ、エドワルドとの対戦に辿り着けない。
試合場に出ると、対面に立つウルザが目に入った。
向こうは当然、僕が出てくると思っていたのだろう、何の感慨もない様子で腕組みをしてゴーレムを闘技場に上げた。
僕の方もゴーレムを闘技場へ上げる。
「第二回戦、第八試合。西から出てきたのは一年生のウルザ・イーヴァルディ選手。そして東から出てきたのは同じく一年生のマシュー選手です。二回戦に勝ち進んだ一年生同士の試合、どうなることでしょうか。さあ両者、互いに向き合いました」
ウルザからの睨むような鋭い視線が突き刺さる。
僕は敢えて受け止めて、気を引き締めた。
「それでは試合、開始!!」
互いに素早く詠唱に入る。
「〈フレイムランス〉」
ウルザのゴーレムが炎の大槍を撃ち出した。
「〈アイスピラー〉」
僕のゴーレムが氷塊を打ち出す。
ウルザが初手に得意な炎属性の攻撃魔術を放ってくると見たけど、正解だったらしい。
強固な氷塊は炎の大槍を真正面から受け止め、砕いた。
速度を減衰させつつも、氷塊はウルザのゴーレムに向かう。
ウルザのゴーレムはそれを横移動することで回避し、次なる一手へと移る。
「〈ラヴァスプラッシュ〉」
炎属性と地属性、さらに水属性の三属性複合魔術だ。
泥状の溶岩を噴出させる強力な攻撃魔術である。
ウルザが回避行動を取った分だけこちらには余裕があったが、敢えて見てから受けることにしたが失策だったらしい。
「〈フリーズ〉」
受けるのが困難な飛来する溶岩を凍結の魔術で食い止める。
防戦に回るのは避けたいが、決め手が見えない状況で無理攻めするのも避けたい。
ウルザは炎属性が得意だから、氷属性の魔術を待機しておけば有利に立ち回れるかと思ったが、彼女は容易く想定を超えてきた。
……ゴーレム越しに魔術を撃つっていうのが迂遠でなかなか慣れないな。
次もウルザに先手を譲る。
「〈ラヴァスプラッシュ〉」
凍って落ちた溶岩の上をそのままなぞるように新たな溶岩が噴出した。
対処が面倒な溶岩の処理で押せると思っているのなら、正解。
これを続けられると互いに消耗していくことになり、どちらが勝っても次の試合での敗北が決まる。
ウルザとしてはそのような自滅戦法を取るのは不本意だろう。
しかしウルザと僕との間の実力に開きがある以上、この戦法で押していく以外に彼女は勝利の道筋が見えていないのだろう。
ともあれ僕は優勝を目指している。
ここで消耗戦に付き合うのは避けねばならない。
だから次の一手で決めることにした。
「〈ヴォイドスフィア〉」
拳大の黒い球体が現れる。
闇属性の上級魔術で、虚空の球体が接触した物体を削るという凶悪な攻撃魔術だ。
溶岩とて例外ではない。
黒い球体が溶岩を喰らいながらウルザのゴーレムに迫る。
対面のウルザの表情が変わる。
ゴーレムに再度、回避行動を取らせるウルザ。
しかしゴーレムの操縦で回避するのは想定内の一手。
なにせ防ぐのがほぼ不可能な〈ヴォイドスフィア〉だ。
実質、回避を強要したようなものである。
次の僕の一手は魔術ではない。
「【魔法範囲拡大】」
回避しきったと思ったところに、〈ヴォイドスフィア〉が急拡大する。
拳大の漆黒の球体は、複数の人間を飲み込むほどに巨大化した。
回避は間に合わない。
ウルザのゴーレムの半身が削られた。
「――――っ!!」
ウルザの表情が変わった。
しかしもう勝敗は決している。
ウルザのゴーレムは既に死に体だ。
実況もウルザのゴーレムは戦闘継続不可能と判断したのだろう。
「決着!! 試合終了です!!」
僕の勝利が宣言された。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます