59.きっとこの国は、負けないよ。

 一緒にソフィアの言葉を聞いていたカーレア、ユーリ、そしてルカも固まっている。

 このオルスト王国がグレアート王国と戦争をするのは、歴史的に見てもそう珍しいことではない。

 大陸の上で地続きなのだから、互いの領土を無心して幾度となく戦争をしてきた。


 母が女王をしている友好国のユナ王国とは反対側に位置するグレアート王国とは今も緊張状態にあるのだ。

 僕たちの代で戦争が起こる……それは十分に有り得る話だった。


 戦争の可能性を問われれば「あるだろう」と答えるのが両国の国民だ。

 だがソフィアは「近い内に戦争になる」と断言した。

 それは可能性ではない、予知か国家機密の漏洩だ。


 僕は思わず喉を鳴らした。

 とんでもないことを聞いてしまったぞ。


「ソフィア、それって……確実なことなんだよね?」


「そうだな。いつ、とまでは断定できぬがグレアート王国は既に準備を始めておるから、どこかの段階で動きがあるぞ」


「その情報って、クレイグに伝えてもいいかい? もちろん伝えたらこの国の王家にも伝わると思うけど」


「……マシュー。この国はグレアート王国を警戒し続けておる。安心しろ、既に戦争に応じる準備に入っている」


 それはまったく安心できない情報だ。

 戦争はもう実現不可避な現実で、両国は準備を整え始めている。


 そうか、最近やけにクレイグが忙しくしていたのは、もしかしたら戦争の準備と関係があるのかもしれない。

 もしかしたら僕にいきなり論文を書けなんて言い出したのも、ソフィアの知識を取り込んで少しでも戦争を有利に進める準備の一貫とか?

 クレイグならそのくらいはやりかねない。


 ならば僕にできることは……いつも通りにすることだろう。

 論文の検証はスムーズに終わった。

 クレイグを通じて提出すれば、提出も完了する。

 そうすれば僕の論文の内容はこの国の魔術師が先駆けて把握することになる。


 とはいえ下位三属性が単独で打撃・刺突・斬撃の物理現象をコンプリートするだけだ。

 戦力の増強になるとは思えないが……。


「ソフィア。もっとこの国のためになるような内容はなかったの?」


「……マシュー、それは戦争の行く末を左右するような内容の古文書はなかったか、という質問か?」


「うん。もしもあれば、役立てられるかなって」


「もちろんあったぞ」


「……!!」


 僕は不安が払拭されたような気持ちを得た。

 しかしすぐにソフィアが「だが儂の導きでは、今の論文を提出するのが最も効率が良いと判断できたのだ」と告げた。


「儂は契約相手の未来を優先する。この国の勝利ではない。それをゆめゆめ勘違いするでないぞ」


「でも……オルスト王国が負けるなんてことは考えたくもないよ」


「それをマシューが心から望んでおるならば、儂の導きはきっと役立つことだろう」


 僕はいくらか逡巡して、しかし結局。

 ソフィアにこれ以上の古文書の解読を頼むのを止めた。

 別に信頼が揺らいだわけではない、逆だ。

 僕はソフィアを信頼して、この論文提出でオルスト王国が勝利に近づくのだと、信じることにしたのだ。


「…………分かった。あとは論文を提出するだけだ。ソフィア、他に何か僕がするべきことは?」


「ないな」


「分かった。ありがとう、また困ったら相談に乗ってね」


「言われるまでもない。儂はマシューの聖獣だぞ」


 僕はソフィアを送還した。

 そしてこの話を聞いていた3人に向き直る


「聞いていた通りだけど、もちろん他言無用で頼むよ? 僕らが不安がって勝手に事態を引っ掻き回すのは駄目らしいから」


 ユーリとルカは「そうだな、それがいいだろう」と納得した。

 しかしカーレアは不安そうに「それでよろしいのですか?」と問うてきた。


「カーレア。不安になるのもよく分かるよ。僕が生まれたときには隣国との戦争なんて昔の話だったし……今だって実感が湧かない。でもソフィアの言葉には従う。彼女は僕の無二の相棒だ。僕を導く聖獣だ。きっとこの国は、負けないよ」


「…………はい。マシュー様の仰せのままに」


 カーレアが力なく頷いた。

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