58.やっぱりマズいですかね。
薄々と勘づいていたのだが、クレイグに解読した論文を見せて彼の長い長い溜め息で確信を得た。
「やっぱりマズいですかね」
「……少しな」
ソフィアが選んだ古代魔法文明の書物のタイトルは『下位属性の基礎理論の応用によるエネルギー変換』というものである。
この論文の内容を掻い摘んで説明すると、古代に失われた遺失魔術の復活ということになる。
例えば地属性には〈ストーンハンマー〉〈ストーンピラー〉という打撃する攻撃魔術と〈ブランチスピア〉という刺突する攻撃魔術がよく知られている。
しかし地属性には物を切断する攻撃魔術が存在しない。
他の下位属性である水属性と風属性も同様に、打撃・刺突・斬撃の三種類の物理現象をすべて引き起こす属性はない。
だが論文にはそれをどうにかしてしまう方法、即ち古代では下位属性が可能としていた単独属性での打撃・刺突・斬撃のすべてを実現する攻撃魔術を、現代でも編み出されてしまうことになるのだ。
つまり古代魔法文明時代にあって、現代にはない遺失した魔術を復活させることになる。
これは到底、一年生が出して良い論文の域を超えている。
しかしクレイグは目頭を強く抑えてから、口を開いた。
「まあいいだろう。これで論文を仕上げろ」
「え、いいんですか? これ相当に凄まじい内容ですよ?」
「締め切りまで時間がない。無難な古文書を選び直す時間が惜しい。それに……」
「それに?」
「ソフィアがそれを選んだのだろう? ならば問題はない」
「…………」
僕はちょっとクレイグに嫉妬した。
なぜって僕の相棒に寄せる信頼が、僕よりも大きかったからだ。
論文の執筆に入る。
ここに至ってはソフィアの手を借りる場面はないため、自分でせっせと手を動かすのみだ。
古代魔法文明語を解読したことを悟られずに、新しい理論を僕が発明したこととする。
古代に生きた魔術師の研究成果を剽窃する行いだから気分のいいものではない。
そのことをある晩、ソフィアに相談して言われた「遥か昔に死んだ魔術師に気兼ねしても何もないぞ」という言葉を信じるしかないのだ。
前提となる古代魔法文明時代の魔術理論については、現代魔術の最先端とも言える内容だが、勤勉な一年生首席である僕が理解できる範囲でもあるため、問題はない。
ソフィアが選んだ内容だからだろう、僕が第一発見者になってもおかしくはない、そういう内容の論文だ。
しかし検証をする時間も限られている。
急いで論文を完成させて実現可能なのかどうかを検証せねば。
正直に言うならば、誰より先駆けて僕が遺失した攻撃魔術を試したい、という欲求もあるけどね。
数日に渡り執筆作業を続けてきた論文は、途中途中でクレイグが確認しに来て修正をさせられつつも、なんとか形になった。
雑な論文でも中身が革新的ならば、評価されるからこれで問題ないだろう、というのはクレイグの談だ。
締め切りまでの時間を論文の文章の推敲などに使っている暇はない。
実際にこの論文の内容で遺失した攻撃魔術の再現が可能かどうかを試さなければならないからだ。
つまり早くも検証の段階に入ったということになる。
論文発表前に誰かに見られて騒がれるのを避けるために、僕は早々にアレクシス邸に戻ってきていた。
アレクシス家の敷地内には魔導院と同等の訓練場がある。
もちろん使用人数の面で大きく差はあるものの、個人的に使う分には何も問題はない。
イスリスにはクレイグからの書簡を届けてあげる。
クレイグはここ数日、随分と忙しそうにしていてなかなか屋敷に戻っていない日々が続いている。
イスリスは父親からの手紙に目を丸くし、破顔して受け取った。
さてクレイグからの書簡で僕が訓練場をしばらく独占させてもらうようイスリスには要請されているはずなので、検証作業を始めよう。
僕は魔術を構築し、呪文を唱える。
「〈サンドスライサー〉」
砂の刃が的を斬り裂く。
無事に地属性の斬撃魔術が成功した。
この光景を見ていた近侍のルカが「凄い……」と呆然としていた。
ユーリも「魔術の常識が変わるよな? 大丈夫かマシュー」と僕を気遣ってくれた。
魔術師でなくとも、これは常識外れだとほとんどの人が分かるのだ。
この偉業が過去の研究者の成果の剽窃でなければ胸を張れるのだけど。
「大丈夫だよ。多少、目立つけど……」
ユーリの「それって大丈夫って言うのか?」というボヤキを聞かなかったことにして、次の魔術を試す。
水属性の打撃魔術、風属性の刺突魔術を試してから、ソフィアを召喚した。
「む、どうしたマシュー? ……ここはアレクシス邸の訓練場か」
「うん。論文の検証をしていたんだ。無事に下位三属性が物理属性をみっつ揃えることになったよ」
「ほう。それは喜ばしいではないか」
「偉業すぎて論文の提出が怖いけどね。ソフィア、なぜこの論文を選んだのか聞いてもいいかい?」
ソフィアは尻尾を一振りすると、あくびをした。
「それはなマシュー。攻撃魔術の拡充の一歩を踏み出す必要があったからだ」
「それはどういう意味? なんでそんなことを――」
「戦争だ、マシュー。近い内にこの国は隣国のグレアート王国との間に戦端が開かれるぞ」
僕は絶句した。
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