64.ちょっと内密な話をね。

 今日は放課後、宮廷魔術師のゴードヴェル・イーヴァルディに呼び出されている。

 ウルザの父親でありイーヴァルディ侯爵家当主でもある彼の人柄について、ウルザに問うてみることにした。


 午前中の授業と授業の間にある休み時間、僕は羽根を伸ばしている女子3人の下へと向かう。

 おしゃべりしていた3人は、僕がやって来たことにすぐに気づいた。


 アガサが「マシュー、どうしたの?」と問う。

 僕はウルザの前まで歩き「ウルザ、少しふたりで話がしたいんだけど、いいかな?」と言った。


 ジュリィが眼鏡の位置を直しつつ「あら、私たちには聞かせられない秘密のお話ですの?」とからかい混じりに言うが、目は笑っていない。

 アガサは僕とウルザとの間に視線を行ったり来たりさせている。


 肝心のウルザはといえば、


「ええ。ちょうど良かったわ。私もマシューに話したいことがあったの」


 と快く応じてくれた。




 教室の隅に移動した。

 廊下は侍従や護衛騎士らが待機しているからむしろ人が多い。

 授業の合間の休み時間に教室から離れた場所まで行くのは難しいから、教室内で密談をするという事になる。

 もちろん風属性の遮音魔術〈サイレントルーム〉は張ってあるから外に会話が漏れることはない。


「ウルザからも話しがあるみたいだけど、先にこちらの話しを済ませてからでも構わないかな?」


「ええ。どうぞ?」


「ありがとう。じゃあ聞きたいんだけど、ウルザのお父さん……宮廷魔術師第一席のゴードヴェル・イーヴァルディ様について聞きたいんだ」


「――――ッ!?」


 ウルザは目を見開いて僕の顔をマジマジと見つめる。

 僕は「どうしたの。僕の顔に何かついている?」と頬を触って確かめるが、特に汚れなどはついていない。


「いいえ。あなたから私の父について訪ねてくるなんて……。でも当然ね。論文を取り上げた相手のことを知りたいと思うのは」


「あれ、論文のこと知っていたんだ」


「ええ。あなたの論文の写しを父が読ませてくれたから。あなたの論文、あまりにも凄い内容で正直なところ冷静に読むことはできなかったわ」


「……それ褒めてくれているのかな?」


「褒めているのよ。まったく……」


「そう、ありがとう。それでウルザのお父さんなんだけど」


「ええ。どんな話が聞きたいの?」


「実は今日の放課後、王城に呼び出されているんだ。だから事前にどんな人なのか知りたくて」


「――え?」


 キョトンとしたウルザの顔に「知らなかったの?」と思わず問うてしまった。


「……知らなかった。でも確かに父はあなたに興味が湧いたから一度、会ってみたいとは言っていたけど。つい先日の話よ?」


「そっか。割りとせっかちな人なの?」


「そんなことあるわけないじゃない。侯爵家当主として常に優雅で余裕のある振る舞いをされる父よ。そりゃ決めてから行動に移すまでの時間がこんなに早いとは私も知らなかったけど」


「そう。具体的にウルザから見てどんな人なのかな。性格とか」


「身内の性格について話をするのはなんとなく落ち着かないけれど……でも仕方ないわよね。相手のことを知らないでは会いづらいでしょうし。ええと父はそうね。貴族らしい貴族、と言えばイメージが付きやすいかしら。侯爵家当主であるから当然なんだけど」


「貴族らしい貴族、か。僕の上級貴族の、しかも侯爵家当主というと凄く怖いイメージになるけど」


「間違ってはいないわ。身内にそのような一面を見せることはまずないのだけど、対外的にはそうではないから。金と権力、そして魔術を併せ持っている怖い人。多分、それが世間での評価じゃないかしら」


「怖い人かあ。僕、君のお父さんに呼び出されているんだけど。これってどう思う?」


「論文を読んで興味が湧いたから会ってみたい。ただその希望を叶えただけでしょうね。自分が願えば叶う、そういう立場の人だし。王族ならばともかく、平民や伯爵家が相手なら自分の要望を通すでしょうね」


「なるほど。なんとなく貴族らしい貴族という言葉の意味に繋がってくるね」


「我が儘なわけじゃないの。ただ力があるから望んだ事柄が叶う立場にいるだけ。それが当然だと思っているから、貴族らしい貴族なのよ。私も将来はかくありたいものだと思っているわ」


「……ウルザはお父さんのことを尊敬しているんだね」


「ええ」


 短く答えたウルザは恥じるところはないという顔だ。


「じゃあ次は私の番ね。マシュー、あなたあの論文をどうやって書いたの?」


「クレイグ教授の指導のもと、急造したんだ。締め切りが近かったから十分に推敲できなかったのが心残りかな」


「そんなこと聞いていないわ。あなた、あの論文の発想をどこで得たのかと聞いているの」


 ウルザが憎悪すら感じさせるキツい視線で睨みつけてくる。

 僕としてはどうにか、はぐらかしたいのだけど。

 納得のいく答えを与えなければ、彼女との関係性にヒビが入る。

 それはちょっと避けたいな、と僕は思った。


「……ギフトだよ。僕のギフトは戦闘向きじゃないんだ。代わりにあの論文を書けるような、情報系のギフトなんだよ」


「ふざけた性能のギフトね。あのレベルの論文が書けるギフト? それって他にもあんな論文を書けるということじゃないの。あなた、一体……」


 そのとき魔導院の鐘が鳴った。

 次の授業が始まることを知らせる鐘だ。


「話の途中になったけど、次の授業だ」


「……こちらは納得していないんだからね?」


「うん。また時間のあるときにでも」


「…………そうね」


 僕たちは席に戻る。

 トバイフとエドワルドが興味深そうな視線を送ってきていた。


「ウルザと何を話していたの?」


「ちょっと内密な話をね」


 トバイフの問いをはぐらかした。

 彼は「そうか、じゃあ聞けないね」とあっさり引いてくれたのでありがたい。

 エドワルドはトバイフ同様にはぐらかされるのが分かっているのだろう、無駄な質問をするような彼じゃなかった。

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