イスリス・アレクシス

「お兄ちゃん好き好き作戦の推移は、悪くないと思っているの。でももう一押し、何か必要だとも思っているのよね」


 アレクシス伯爵家のイスリスは、専属侍女と女性の護衛騎士ふたりに対して、腕を組みながら「うーん」と唸っていた。

 専属侍女は不思議そうに口を開く。


「イスリス様。なぜ平民のマシューにそこまでして好かれる必要が? ご当主様が気に入っておられる様子ですが、平民に変わりありません」


「…………平民ねえ」


 イスリスは視線を3人から外す。

 実のところ、マシューが実は王族であるという情報はイスリスに伝えられているが、イスリスの周囲にまでは伝えられてはいないのである。

 父が殊の外、気にかけている平民風情というのが、イスリスの周囲の認識であった。

 だからイスリスはたしなめるように3人に向けて告げる。


「マシュー様の魔術の腕前はお父様がお認めになるほどです。そう、私より上なのですよ?」


「そうなのですか? イスリス様を超えるほどとは存じ上げませんでした」


「マシュー様はそれはもう素晴らしい魔術の使い手です。炎属性以外の七属性の持ち主なのですよ」


「七属性!? 平民にしてそれほどの属性の持ち主とは……思いもよりませんでした」


 マシューが八属性の持ち主であることは極秘だ。

 故にマシューは炎属性を使えないことにして、七属性の使い手として振る舞うことになっていた。

 属性の数は一部例外を除いて、血筋により決まると言っても過言ではない。

 七属性は王族の血が色濃い四侯爵家の直系と同等かそれ以上である。

 専属侍女は感心するとともに、ため息をついた。


「よほどステータスに恵まれていたのでしょうね。しかし余計に分かりません。それほどの逸材ならば確かにイスリス様がこだわるのも頷けますが……なぜ兄などと呼ぶことに繋がるのでしょう?」


「分かっていない。男は血の繋がっていない妹に弱いのよ!! 私の愛読書にもそう、書かれていました」


「ああ……お嬢様、小説の世界に毒されていらっしゃる。あくまで創作の世界での話ではないのですか」


 イスリスの敬愛する作家の書いている恋愛小説は、王都の少女たちが貪るように読んでいるものだ。

 その小説のひとつに、密かに思いを寄せている男性の義理の妹となったヒロインが、一気に距離を詰めていくという作品がある。

 それに習ってイスリスはマシューの妹という立場に無理やり収まって、気を引いてみるという作戦を思いついて実行中なのであった。


「やはりあの小説は正しかったのです。マシュー様は私という妹のような存在に心を動かされています。ただ……どうもマシュー様が奥手なのか恋愛感情にまで発展していないような感触なのですよね」


「そこで『もう一押し』が必要だとお考えなのですね、イスリス様」


「そうなのです!!」


 我が意を得たり。

 イスリスが胸を張っているところへ、しかし護衛騎士のひとりが水を差す。


「イスリス様、そもそもイスリス様はマシュー殿の妹ではないではないですか」


「…………た、確かに?」


「強引にマシュー殿を『兄上』と呼ぶことで、距離が縮まるのか私にはちょっと理解できません」


「…………そうなの?」


「はい」


 イスリスは少し考え、「確かに私はマシュー様の妹ではないですから、やや強引な攻め方ではありましたね」と事実を直視した。


「しかし妹のような年下の存在に男性は心を揺さぶられるのは事実でしょう? 大抵の場合、婚約するときは男性の方が年上ではありませんか」


「ならばいっそのこと、魔導院の入学まで待ってみるのはどうでしょう。先輩と後輩という関係ならば自然ではないのでしょうか」


 もうひとりの護衛騎士が言った。


「…………マシュー先輩、かあ。それは、アリですね!!」


 イスリスの言動が一段落したところで、周囲の3人はほっと胸をなでおろした。


 ◆


 次の更新は10月15日と予告していましたが、執筆が順調に進んだので、第一章は明日から毎日更新となります。お楽しみに!!

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