第一章 魔導院の入試
25.あれから2年が経った。
あれから2年が経った。
僕はクレイグ・アレクシス教授の後援を受けた内弟子という表向きの立場で過ごしつつも、裏では王族としての教育を受けてきた。
そのことを知っているのは、クレイグの側近と彼の娘であるイスリス、僕の専属侍女のカーレア、近侍であるユーリとルカなど一部に留まっている。
王族としての教育は王族としての振る舞い方、そして【八属性魔法】の鍛え方だった。
【八属性魔法】はその名の通り、八属性すべてをひとまとめにしたスキルであるから、すべての属性について習熟していなければスキルレベルの上昇が見込めないということだった。
僕は表向き炎属性のみ使えない七属性使いの魔術師として生活しているので、どうしても炎属性の訓練は人目を避けることとなる。
そればかりがネックとは言わないが、僕の【八属性魔法】のスキルレベルの伸びは今ひとつと言ったところだ。
2年の間に色々と変化があった。
まずウルザ・イーヴァルディと手紙のやり取りを始めたこと。
そしてイスリス・アレクシスが妹弟子を名乗り、僕のことを「マシュー先輩」と呼ぶようになったこと。
前者はともかくとして、後者は相変わらず何を考えているのか分からない。
僕の表向きの立場からするとイスリスは師匠の娘であり、先に教えを受けているので姉弟子に当たるのではないかと思うのだが、そう指摘すると決まって「私の方が年下ですもの。年長者であるマシュー先輩を立てるのは当然です」と反論されるのだ。
ともあれイスリスは確かにひとつ年下なだけあって可愛い妹のような存在であるし、僕の正体を知っている以上はなんとか体裁を繕って王族を下に置かないようにしているのかもしれない、と考えたこともあったが、割りと僕をからかってくるのでそうでもなさそうなのがほんとよく分からない。
ユーリとルカに相談したことはあるけど、「お前ってほんと鈍いよなあ」「マシューくんは今のままでいいんだよ」と生暖かい視線とともに濁された。
カーレアにも相談してみたけど、「マシュー様は女性のことをもっとよく知るべきでは? 私でよければお教えしますよ」と身体を寄せてきてドギマギする羽目になった。
ちなみに未だ、カーレアに夜伽を命じたことはない。
いくらなんでも、女の子にそんな命令、できるわけないよね?
一度、それを不満に思ったのかカーレアからとびきり過激なお誘いを受けたことがあるけど、これはユーリやルカにも言っていない。
僕はカーレアは女の子なのだから自分の身体を大事にしなければならない、と滔々と言って聞かせた。
以来、カーレアからの露骨な誘いは減ったのでちゃんと僕の考えが通じたのだと思っている。
さて本日だが、ようやく魔導院の入試だ。
座学に関しても実技に関しても、クレイグのお墨付きを得ているので不安は少ない。
数少ない不安要素といえば、僕が表向きは平民のままであることだろう。
貴族としての礼儀作法、王族としての礼儀作法を学ぶうちに、平民と貴族との間にある絶対的な差というものについて知ることになったのだ。
貴族は自身の家柄にプライドを持っているらしく、もし侮辱されようものならば相手が同じ貴族であろうと決闘も辞さないらしい。
相手が平民ならば決闘にすらならず、その場で決着を付けるものらしいと聞いて、やっぱり恐ろしい存在なんだと思わされた。
ともあれ僕は一応、アレクシス伯爵家の預かりの身だから、平民とはいえ伯爵家の威光を傘に着ることができる。
その点では安心と言えなくもないのだけど、アレクシス伯爵家は当主であるクレイグが社交などより魔術の研究に没頭していることから、貴族社会での発言力はそう強くない、とも聞いているけど。
……でもいざ決闘沙汰なんかになったら、ユーリとルカが守ってくれるんだけどね。
それに僕自身も魔術の腕前はかなり上達したし、剣術も基礎から学ばされたので、かなり強くなった。
故郷から旅立つ際にもらったショートソードは【付与魔法】を使って魔法の剣にしてある。
今では僕の愛剣として腰に常に差してあるのだ。
「マシュー先輩、頑張ってくださいね!!」
「うん。イスリス様も来年は魔導院を受験するんだよね。そうしたら本当に僕が先輩になるね」
「はい。そのときは後輩として先輩にべったり甘えますから、覚悟していてください!!」
「ええ……? ううん、よく分からないけどそろそろ時間だから僕は行くね」
「いってらっしゃい、マシュー先輩」
「いってきます。イスリス様」
さて僕はアレクシス家の馬車に乗り込む。
お付きのカーレア、ユーリ、ルカの3人も同乗する。
カーレアは僕の隣に座り、ルカは向かいに座った。
ユーリとルカは御者も務められるようになっており、今日はユーリが御者をしてくれるらしい。
アレクシス家から魔導院までの道のりは舗装された道を進むだけなので、馬車の揺れも少ない。
貴族街での移動は基本的に馬車になるため、僕もすっかり慣れたつもりだったのだけど、さすがに魔導院の入試の日はちょっとした渋滞が起きていた。
とはいえそこは貴族たちの馬車だ、高位の貴族家の馬車から優先的に先へ進む。
伯爵家であるアレクシス家の馬車の優先順位は高く、子爵家や男爵家の馬車を追い越しながらスイスイと進んでいく。
時間に余裕をもって出発したから少し早く着いたようだ。
「じゃあ行こうか」
僕はカーレアとユーリとルカを伴い、入試の会場へと向かう。
その途中、美しい少女が仁王立ちで僕を待ち受けていた。
「久しぶりね、マシュー。アレクシス伯爵家の馬車が入ってきたのが見えたから待っていたの」
「え、もしかしてウルザ様? わざわざ僕をお待ち頂くなんて光栄です」
手紙でのやり取りしかしていなかったから外見の成長に驚かされた。
僕だって身長は伸びたのだけど、ウルザはなんというか、大人びた感じがする。
可愛いお嬢様から、綺麗なご令嬢になったような、そんな変化だ。
僕は貴族の礼儀に則って、「エスコートすることをお許し頂けますか?」と問うた。
「ええ。よろしく、マシュー」
差し伸べられた手を取る。
僕はウルザとともに入試の会場へと向かった。
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