26.さあ断れジュリィ。

 ウルザをエスコートしながら入試の会場へやって来た。

 どうやら伯爵家以上の関係者と、それ未満の爵位の関係者、そして平民は座学の入試会場が分かれているらしい。

 僕とウルザはだから一緒の会場なので、エスコートを続ける。


「マシュー。あなたクレイグ教授から教わっていたのよね? どう座学と実技は? 合格の太鼓判を押してもらっているのかしら」


「はい。入試合格は問題ない、と言われています。でもウルザ様も入試合格は問題ないのでしょう?」


「イーヴァルディ家の名を背負って不合格になるだなんてことはあり得ないわ。できれば首席合格も狙っているんだけど……あなたがライバルになると見込んでいるわ」


「僕がですか?」


「ええ。クレイグ教授が手ずから教えているのでしょう。強敵だと考えているのだけど」


「そうなんですね。僕は合格できればいいと思っていたので、首席を目指すだなんて考えもしなかったです。その点、ウルザ様は最初から首席合格を狙っていたのだから、その差はあるんじゃないですか?」


「無自覚に首席合格を掻っ攫われると癪に障りそう。マシュー、あなた恵まれた環境で学べたとちゃんと理解しておきなさいな」


「…………そうですね、確かに僕は恵まれた環境で学んでいたようです」


「よろしい」


 ウルザと直接会話をするのは少し緊張するけど、楽しくもあった。

 そこへ声がかけられる。


「面白そうな話をしておられますわね」


 背後を見れば、細い金縁の眼鏡をかけた少女が伴を連れて立っていた。

 向かう先は伯爵家以上の入試会場だ、アレクシス家の後援を受けているという僕より立場が上なのは間違いないだろう。

 第一声を何とするか少し考えて挨拶をしようとしたら、ウルザが僕の手を離して口を開いた。


「ごきげんよう、ジュリィ・ヘルモード。あなたも魔導院の入試を受けに来ていたのね。意外だったわ」


「ごきげんよう、ウルザ。ええ私も魔術に興味が出たので、この2年は真面目に勉強したのよ? ウチは騎士学校に行く人ばかりで、教師の伝手を探すのも一苦労だったわ」


「ジュリィ、あなた確か前に会ったときは騎士学校へ行くと言っていたのに。この2年で何か変わったことがあったのかしら」


「どうでもいいでしょう、そんなこと。……それはそれとして。そちらの少年については紹介いただけないのかしら?」


「……マシュー、こちらヘルモード侯爵家のジュリィよ」


 最初にウルザがわざわざフルネームで呼んでくれたので、分かる。

 四侯爵家のひとつヘルモード家のご令嬢だ。

 僕はアレクシス伯爵家の後援を受けている平民に過ぎないため、膝を折っての挨拶をする。


「お初にお目にかかります。僕はアレクシス伯爵家の後援を受けております、マシューという者です。ジュリィ・ヘルモード様におかれましては、ご機嫌麗しゅう――」


「アレクシス家のマシュー。……そう、あなたが」


「? 僕のことをご存知なのですか?」


「ええ。叔母様から少し、ね。ああ、立って。魔導院では身分は意味をもたないから」


 ウルザが「それは生徒や教師の話でしょう」と指摘する。


「いいじゃない。ここにいる3人が不合格になるとは思っていないもの。それより首席合格がどうとか、面白そうなお話をしていらしたわね」


「ええ。私は首席合格を狙って勉強と鍛錬を欠かさなかったわ」


「そう。さすがはイーヴァルディ家、ヘルモード家とは違うわね。私は首席なんてとてもとても。でも……マシューくんならウルザと張り合えるかもしれない、という話でしたら頷けますわ」


「っ、何を根拠に。初対面でしょう、あなたにマシューの何が分かるの」


「初対面でも、叔母様から話を聞いている、と言ったじゃありませんの」


 ウルザは「叔母……?」と小さく呟きながら、思考を巡らせている。

 ジュリィはウルザから視線を僕に移し、手を差し出す。


「マシューくん、私をエスコートしてくださらない?」


「え、僕がですか?」


「ええ。私、マシューくんとお近づきになりたいと思っているのですわ」


 ウルザが「ちょっと! マシューはさっきまで私のエスコートをしていたのよ?」と割って入る。

 エスコートしていた女性を放って別の女性のエスコートに付く、なんてことをやらかしたら僕はウルザからボコボコにされても文句は言えない。

 ここは相手がヘルモード侯爵家のご令嬢であっても穏当に断るべきだ。

 しかし小首を傾げたジュリィが眼鏡に手を軽く当てて、告げた。


「片手が空いているじゃない。マシューくん良かったわね、両手に花よ?」


「……っ、ジュリィあなた!!」


「問題ある? ウルザ?」


「マシュー、どうなの。アイツのエスコートも引き受けるの?」


 断れ、とウルザの目が言っている。

 しかし僕には確かに両手があり、ウルザのエスコートに片手を使っている以上、もう片方の手は空くという当然の屁理屈を跳ね除ける力はない。


「ジュリィ様がウルザ様に次いでエスコートを望まれるならば、私はもう片方の手でジュリィ様をエスコートさせていただくことはできます」


 ウルザより立場は下になるぞ、と告げる。

 さあ断れジュリィ。


「構わないわ。マシューくん、よろしくね」


 結果として。


 ニンマリ、と笑みを浮かべるジュリィ。

 顔を真っ赤にして怒っているウルザ。

 結局、両手を同い年の侯爵家令嬢に取られる僕。


 両手に花というか、綺麗な花には棘があって、僕の手は今まさに棘にブチブチと刺されている気分だった。

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