27.ご令嬢様方がお望みになられたからです。

 両手に花の状態でエスコートをして入試会場に入った僕は、かなり目立っていた。

 特にウルザとジュリィの顔を知っている者からすれば、「アイツはいったい何者だ」などという懐疑の視線を向けられるのは当然のことだ。


 そして侯爵家の者ならば直接、本人に問うこともできる。


「ウルザ・イーヴァルディ。そしてジュリィ・ヘルモード。その男は誰だ?」


「ごきげんよう、挨拶もなしに唐突な質問は失礼じゃなくて、エドワルド・ヘイムダル?」


 ウルザが礼を失したエドワルドにそれと指摘する。

 エドワルドも「確かに。挨拶もせずに不躾だったな」と返した。


「改めて名乗ろう。俺はエドワルド・ヘイムダル。ご無沙汰しているな、ウルザ、ジュリィ。……で、そこの男、名をなんという?」


「失礼」


 僕は両手の花から手を離し、膝を折った。


「お初にお目にかかります。アレクシス伯爵家の後援を受けておりますマシューと申します。エドワルド様」


「後援? 家名もなしとは、よもや平民か。いや待て、アレクシス伯爵家だと? クレイグ・アレクシス教授の後援を受けているというのか」


「はい、クレイグ様から後援を受けてこの場にいます」


「ふン? なるほどここにいる理由は分かった。しかしなぜ、侯爵家令嬢ふたりのエスコートを同時にしている?」


「……ご令嬢様方がお望みになられたからです」


「ほう、面白いな。ウルザ、ジュリィ。ソイツは一体、何者だ?」


 ウルザは腕組みをして鋭い視線をもって口を開いた。


「マシューはマシューよ。私の文通相手。縁があって、ここ2年ほど手紙のやり取りをしているわ」


 ジュリィは笑みを崩さず、のほほんと「私は初対面ですわ。でもお近づきになりたいと思ったからエスコートを望んだまでですわよ」と応える。


「…………まったく分からねえな。おいマシューとやら。平民風情が手を取っていい相手じゃないのは分かるな? どのみちここは入試会場。エスコートは終わりだろ」


「そうですね。……ウルザ様。ジュリィ様。エスコートはここまででよろしいでしょうか?」


 ウルザは「ええ、ありがとうマシュー。入試の結果を楽しみにしているわ」と告げて歩き出す。

 ジュリィは「合格したら仲良くしてね、マシューくん」と告げて手を振って立ち去った。


 僕はようやく立ち上がる。

 しかし目の前にはエドワルドがまだ立っていた。


「アレクシス伯爵家のマシューか。一応、その名は覚えておくぞ」


 四侯爵家のうちみっつの家の同級生から顔と名前を覚えられてしまった。




 さてまず入試は座学から行われる。

 僕は自分の名前の書かれた席を探し出し、そこへようやく腰を落ち着ける。

 お供であるカーレア、ユーリ、ルカは入試会場には入れないため、外で待っていることになっていた。

 会場の外にはそうして待つ侍従や護衛がたくさん、並んでいる。


 ふと隣から視線が送られていることに気づく。


「あ、おはよう。隣の席のトバイフっていいます」


「おはようございます。僕はマシューといいます。ええと……」


「ここでは身分を問われないと聞いているから、丁寧に喋る必要はないよ?」


「それは生徒になった方と、教師にのみ適用されるらしいですよ」


「あ、そうなの? じゃあ受験生は身分通りなのか」


「その通りです。僕はアレクシス伯爵家の後援を受けているマシューといいます」


「え、アレクシス伯爵家といえばクレイグ教授の? 君、クレイグ教授に才能を認められてここにいるってこと?」


「え、はい。そうなります。……クレイグ様はそんなに有名なんですか?」


「それはもう!! 王族の覚えもめでたい魔術の天才だよ。僕もクレイグ教授には憧れているんだ。教授自身が魔術師として天才的なのも凄いのだけど、彼は人を育てるのが上手だと聞いている。そんな教授の内弟子だなんて……君は相当な才能を持っているんだろうなあ」


「そうだったんですか。僕は田舎から王都に出てきたもので、魔導院の存在もその旅の途中で知ったくらいに王都の事情や魔導院のことには疎いんです。2年の間に勉強はしたけど、そういう情報はなかなか入ってこなくて……」


「そうなんだね。クレイグ教授から認められるだなんて羨ましいなあ。マシュー、もし僕たちがふたりとも入試に合格したら、友達になってくれるかい?」


「はい。もちろんです。あの……それでトバイフ様はどちらの家の方なんでしょうか?」


「うん? そっかまだ名乗っていなかった。僕はイドゥン侯爵家のトバイフだよ。あれ、どうしたの肩を落として」


 結局、僕は入試が始まる前から、四侯爵家の同級生に顔と名前を覚えられましたとさ。

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